昨年(2009年)8月「高嶺の花」を求めて八ヶ岳(天狗岳〜硫黄岳〜赤岳)に登りましたが、35年ぶりの2900m級の登山でした。それ以来、高山の花々の可憐さだけでなく、壮大な山岳風景にも魅せられて山歩きを続けるようになりました。
昨年は、八ヶ岳のほか、鳳凰三山、金峰山へ「紅色を愛で」に、今年の冬から春にかけては足慣らしとして筑波山、両神山、大菩薩嶺に、そして峰の雪が融けるのを待って八ヶ岳(権現岳〜赤岳〜硫黄岳)、尾瀬燧ケ岳に登り、梅雨の合間を縫って日本第2の高峰、北岳と第4位の間ノ岳に上ってきました。また、梅雨明けを待って北アルプスの北端 白馬岳〜雪倉岳〜朝日岳を縦走しました。
20Kg近いの荷物を背負って急坂を登り、息が上がりそうなったとき目前に現れた一輪の高嶺の花。それまでの疲れや辛さが一瞬に消えます。まるで恋人に会ったようです。そして、出会いの時は短く、またの再会のない一期一会。脳裏とメディアにその姿をしっかりと刻み込んで、次の峰へと向かいます。
還暦(六十)過ぎての山狂いですが、「不惑(四十)過ぎての色狂い」(どちらも命に係わりそうですが)よりは少しましかと思っています。いずれにしても・・・中高年は「恋と登山にご用心」
北岳草(キタダケソウ) | ||
南アルプスの北端に位置する日本第2の高峰、北岳(3193m)の頂上付近にしか咲かない北岳草。他の植物が生えない石灰岩地のアルカリ性土壌で、雪があまり着かない高山にしか咲かない幻の花(ということは北岳は太古の時代は海の底でした)。その清楚な姿から雲上のニンフの代表格です。 開花次期も6月下旬〜7月中旬の梅雨の真っ盛り。この花に会いに行くには濡れる覚悟がいります。ちなみに晴れ男の私も、この前日初めて雨具を使いました(体温低下による疲労から起きた昨年の「トムラウシ遭難」が少し実感できました)。そして、出会いの日は快晴。ご褒美をいただきました。 北岳草は絶滅危惧種です。このほか北岳には、北岳キンポウゲや北岳蓬(ヨモギ)など、絶滅を心配される花々があります。 (北岳山頂直下 7月初旬) 中白根山(3055m)から見た北岳(クリックで拡大)→ |
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九十九草(ツクモソウ) 平地で春一番に咲くめでたい花は「福寿草」。その高山型がこの九十九草で、雪解け直後の八ヶ岳と白馬岳でしか咲きません(北海道でも2,3の山でしか咲きません)。八ヶ岳は単独峰のため他の山より雪解けが早く、6月初旬に見られます。なお、九十九とは発見者の城 数馬氏の父君の名前から撮ったものです。同じ仲間の翁草(オキナグサ)もあり、めでたい名前の多い種類ですが、根には毒があります。 (八ヶ岳 横岳 後ろは阿弥陀岳 6月中旬) 権現岳から八ヶ岳主峰の赤岳(2899m)(その左が横岳) |
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得撫草(ウルップソウ) | ||
その名の示すとおり千島列島のウルップ島で発見された花。本州では八ヶ岳と白馬連山でしか見られません。開花時期も九十九草のすぐ後の6月下旬から7月中旬。青い穂状の花が林立してる景色はニンフたちの舞踏会のようでこの世のものとは思えません。(もっとも私が行ったのは7月下旬で、ほとんどのウルップ草は既に枯れて、ゾンビ状態でしたが、遅咲きの花がいくつか色香を留めていてくれました) (白馬岳 村営山頂宿舎付近 7月下旬)
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水芭蕉(ミズバショウ) | ||
♪夏が来れば思い出す・・・と歌われた尾瀬の水芭蕉(「夏の思い出」江間章子作詞、中田喜直作曲) でも、これは実際に行ったことがないから書くことができた詞。夏が来る前にこの清楚な白い仏炎ほうは茶色く変色するか、剥がれ落ちてしまい、青々と大きく育ったサトイモの葉が茂っているはずです。代わりに日光キスゲが乱舞していることでしょう。(尾瀬より高度の高いところや、東北・北海道では夏でも水芭蕉の清楚な姿を見ることができます。7月末に登った朝日岳は雪渓の融けて流れ出すあたりに群生していました) (群馬県片品村 尾瀬大清水平 6月下旬) 尾瀬沼に映る燧ケ岳(2356m)(登ったのは右端のピークの俎嵩) (クリックで拡大)→ |
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高山の花々は厳しい生息環境に適合するため、砂礫地に生える駒草のように同じ種類のものが集まってコロニーを作る傾向があります。しかし同じような環境を好む相性のよい花々もあり、ツーショットを撮ることができるときもあります。 |
厳しい高山環境への適応は、もともと同じ種類だった花々を、長い時間をかけて少しづつ変えてゆきました。また、反対に違う種類の植物でも同じ環境にいることで、色や形が似てくるようになりました。 いずれも画像をクリックすると拡大します。 |
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三柏(ミツガシワ) (尾瀬ヶ原 6月下旬) |
岩団扇(イワウチワ) (朝日岳7月下旬) | |
白山小桜(ハクサンコザクラ)(鉢木岳7月下旬) |
雪割草(ユキワリソウ)(五輪高原 7月下旬) |
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長之助草(チョウノスケソウ)(中白根山 7月中旬) |
稚児車(チングルマ)(尾瀬ヶ原6月下旬) |
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どちらもバラ科の低木ですが、葉の形で見分けます。 長之助草とツーショットはお山の豌豆、稚児車は小岩鏡。 チングルマの名は実の形から来ています。 |
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立山竜胆(タテヤマリンドウ)(尾瀬ヶ原 6月下旬) |
深山竜胆(ミヤマリンドウ)(雪倉岳 7月下旬) |
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ツーショットができたり、仲間のいる高山植物は全体から見れば少数派。多くの花は数少ない適地を求めて仲間から離れ、孤塁を守ります。 |
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白根葵(シラネアオイ) 一科一属一種の日本特産の花。日光白根山で発見されたことからこの名がつきましたが、信越や東北地方の日本海側で見られます。 これは鳩待峠から尾瀬ヶ原に下る途中の木道傍で見ましたが、どうやら人の手で植えられたようです。 (群馬県片品村 尾瀬大清水平 6月下旬) (画像をクリックすると拡大します) |
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高山植物の女王といわれる 駒草(コマクサ) (白馬岳をバックに 三国境から雪倉岳に向かう途中 7月下旬) 水の涸れた川原のような砂礫地に生えます。こういった場所は風も強く、他の植物が生育できないため駒草だけがテリトリーにすることができます。この大きさになるまでには5〜6年かかります。一度生息環境が失われると回復はほぼ絶望的です。 |
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南アルプス縦走 8月6日から5泊6日をかけて、南アルプスの北沢峠(山梨県と長野県の県境)から椹島(さわらじま)(静岡市葵区)まで約60Kmを踏破しました。行程中には百名山5座を含む3000mを越える山々が連なり、まさに日本の屋根。富士山はもちろん、北アルプスや中央アルプスなどの眺望も抜群です。お天気は、最初は快晴でしたが、途中から台風の影響で大雨。最後は雷のドラムで完結するという、起承転結(気象天決)の山旅で一篇のシンフォニーでした。もちろん、ここでも雲上のニンフたちと戯れてきましたが・・・なかなか手強い妖精たちでした。 |
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最初の3000mクラスの仙丈ケ岳(左-3033m) 右は甲斐駒ケ岳(2967m) |
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高嶺郡内風露(タカネグンナイフウロ) 風露草の仲間には、「白山風露」「浅間風露」がありますが、どちらもピンクなのに対して濃紫の落ち着いた花をつけます。すこし下向き加減で高貴なイメージの花で、湿った沢筋によく見かけます。 なお、郡内とは山梨県の南西部をさす地域名です。 (仙丈ケ岳 馬の背ヒュッテ付近) |
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これから進む南アルプスの峰々−仙丈ケ岳からの眺望 左から 間ノ岳(3189m)の西稜線と三峰岳(2999m)、その向こうが笊(ざる)ケ岳(2629m)、蝙蝠(こうもり)岳(2865m)、塩見岳(3052m)と重なっていて山頂の一部しか見えない荒川岳(悪沢岳-3141m)、赤石岳(3120m)、そして最南端の3000m級、聖岳(3013m)、さらに光岳(2591m) へと続く。 右下のピークは大仙丈ケ岳(2975m)。・・・・ (悪沢岳、笊ケ岳、蝙蝠岳、光岳は通らず) |
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高嶺びらんじ(タカネビランジ) 昨年秋、鳳凰三山(高嶺)で咲き遅れた一輪を初めて見ました。今回の縦走のテーマのひとつがこの花でした。ナデシコの仲間で、日本固有種。南アルプスに広く分布します。今回も、仙丈ケ岳をはじめ、ほとんどの山の岩場や砂礫地でで見ることができました。白花もあります。 (北荒川岳(2698m)山頂で - バックは塩見岳) |
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高嶺松虫草(タカネマツムシソウ) 平地に咲く松虫草の高山型ですが、花の色がずっと鮮やかです。それは花粉を運んでくれる昆虫が少ないため、彼らの「気を引くためにより鮮やかになった」という説があります。「美は乱調にあり」(瀬戸内晴美(現、寂聴))というより、「美は不均衡にあり」ですね。 (大日陰山瀬戸沢の頭) |
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黒百合(クロユリ) |
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本州中部の高山地帯から北海道まで広く分布する割にはこれまで実物を見たことがありませんでした。激しく降る雨の中、荒川岳(前岳)南西面のお花畑の中で、咲き残った一輪とやっと会うことができました(黒百合の開花は通常、6月〜7月中旬です)。白山に大群落があり、このため石川県の県花となっています。 また、「黒百合の歌」(菊田 一夫作詞、古関 裕而作曲)はアイヌの若いカップルの恋をテーマにした歌で、「恋の花」「魔の花」「毒の花」と謳われています。これは黒百合の色と少し腐ったような香りから来ているのでしょうか。ちなみに花言葉は「恋」「呪い」「復讐」とこの優美な姿とはあまり似つかわしくありません。 (荒川岳 前岳南西斜面) |
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荒川岳(荒川三山) 右から前岳(3068m)、雲をいただいた中岳(3083m)、鞍部を登り返して悪沢岳(3141m) 前日の大雨から一転して晴れ渡りました。「女心」と何とかではありませんが、山の天気は変わりやすいもの。この日も午後は天候が悪化し、聖岳山頂付近で帽子をも通すくらいの激しい雨と雷に遭いました。 「雷鳥を見たら雨」という山の格言がありますが、前日、前岳山頂で5羽の雛をつれた雷鳥に遭いました。やっぱり・・・ (大聖寺平から振り返り見る) |
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深山塩竃(ミヤマシオガマ) | ||
本州で見られる塩竃の仲間には、高嶺塩竃、四葉(嘴)塩竃、蝦夷塩竃、巴塩竃などがあります。巴塩竃は南アルプスを中心に分布しており、今回もたくさん見ました。この花を見ればなぜ「巴」なのかすぐ分かります。また、「塩竃」の名の由来については「高嶺の花を求めて」をご参照ください。 (小赤石岳(3081m)と赤石岳(3120mの間の稜線上で) |
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赤石岳 右のなだらかな山頂が赤石岳。南アルプスは子供の頃「赤石山脈と習ったが、その由来となった山。 また、山名は赤色のラジオリヤチャート岩からなっているところからつけられた。 椹島からの登山道は「大倉尾根ルート」と呼ばれているが、これは東海紙業を設立し大井川流域の森林を買い占めた大倉喜八郎(大倉財閥の創始者、ホテルオークラオーナー)が自分が所有する土地で一番高いところに上がりたいといって、人足200人にかごを担がせて登ったところから付けられた。ちなみに現在は間ノ岳から南の大井川流域は特種東海製紙の社有地であり、多くの山小屋は同社の経営。椹島への唯一の足である送迎バスも、同社の小屋に宿泊しない限り乗せてもらえない。 |
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細葉鳥兜(ホソバトリカブト) 例のトリカブト事件に一役買った花。根に有毒な成分(アルカロイドのアコニチン、メサコニチン、イサコニチンなど) を含む。狂言で「附子(ぶす)」という曲があるが、これはトリカブトのこと。仲間に河内附子という名のトリカブトがある。 トリカブトは日本の山地でよく見られるが、沢筋に多い。今回の縦走中もよく出会った。 (大沢岳 百間洞の家付近 −バックは聖岳) |
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聖岳 |
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薄い雲が聖岳の頂上を超えて行く。その向こうは太平洋。台風の影響で生じた雲が絨毯のように敷き詰められている。 (赤石岳西稜 馬の背から赤石沢を越えて望む) 最終章は荒川小屋から聖平小屋まで10時間以上歩き続ける長丁場。途中3000m以上の赤石岳や聖岳を超えてゆきますが、北アルプスや中央アルプスと異なり、一山を超えるのに700m以上の高低差の登り降りを強いられます。さらに台風の影響で午後からは雨となり、聖岳の頂上に着いたときは雷も鳴り始め車軸を流すような激しい雨でした。頂上に留まることなく聖平小屋へ向かって駆け下り、4時45分、聖平小屋に到着。初めての単独長距離縦走でしたが、プラン通りに進むことができ、充実した山旅でした。 |
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赤石岳山頂で。 8月10日(入山5日目)午前7時30分 少し疲れが出てきました。髭も伸び放題です。 左上は赤石岳避難小屋、右上にこれから向かう聖岳。 最後にむくつけき姿をお見せして失礼しました! |
ご案内
1週間も山旅を続けると髭もぼうぼう(体は時々、冷水摩擦していましたが・・・)。お陰で山賊顔になりました。
折角伸びた髭の活用法・・・・というわけではないですが、9月の能の発表会「綱雄会」(金春流)では 大盗賊 熊坂長範を主人公にした仕舞「熊坂」を演じます。お時間があれば是非観に来てください。
あと1ヶ月でこの髭がどのくらい伸びるか楽しみです。(似合っていればよいのですが・・・)
詳しくはここをクリックしてください。