鎮魂歌 雲の彼方に

3月11日に発生した東日本大震災では、余震被害も含めて死者・行方不明者が2万人を超えました。「死者の霊は高い山に集まる」と言われます。東北地方には恐山、月山など霊性の強い山がありますが、岩手県遠野の北にそびえる早池峰山もそうした山の一つ。多くの人が津波に襲われ命を落とした宮古市や山田町、大槌町など三陸の町々からは西へ50Km です。波にのまれ、海に沈んだ死者の魂はこの山に向かったかもしれません。死者たちへの鎮魂をこめて、また、白馬岳、アポイ岳とならぶ、三大高山植物帯の花々を撮りに7月初めに訪ねました。
そして、今回の撮った花々は7月末に亡くなった母への最後の贈り物、旅立ちの手向けとなりました。

早池峰薄雪草
(ハヤチネウスユキソウ) 

最もエーデルワイス(ヨーロッパ種)に近い薄雪草です。早池峰山の固有種で、絶滅危惧種。
薄雪草の花言葉は・・・「初恋」「大切な思い出」。

(岩手県花巻市 早池峰山5合目)
早池峰山 (1,917m)

長い尾根を持つ山ですが、登攀は直行。
河原坊からはかなりきつい登りです。
上記の薄雪草は中腹の岩の多い場所で
咲いていました。

(小田越から望む)

(クリックで拡大)
深山苧環 
(ミヤマオダマキ) 

(花巻市 早池峰山)
  南部犬薺 
 (ナンブイヌナズナ)

ナズナは普通、白色ですが
このナズナは黄色。

早池峰山と北海道の
夕張岳、日高山脈でしか
見られません。

山頂近くの岩陰にしっかり
根をおろして咲いていました。


(花巻市早池峰山打石付近)
白山千鳥
(ハクサンチドリ)

北海道から中部の高山地帯に自生するラン科の花。東北地方では標高1000mくらいでも群生する。また、花の色も白から濃いピンクまで多彩。
延根千鳥、手形千鳥、木曽千鳥など仲間は多い。チドリとは花の形が千鳥にているから。

(花巻市 早池峰山)
 

白花白山千鳥 
(クリックで拡大)

かき氷屋さんには「波に千鳥」の模様の旗(右図)がかかっていますが、千鳥は
   のデザイン。結構似ていますね。

「浜千鳥」 (鹿島鳴秋 作詞、弘田龍太郎 作曲)という歌があります。

♪青い月夜の 浜辺には 親を探して 鳴く鳥が 波の国から 生まれでる
濡れたつばさの 銀の色
夜鳴く鳥の 悲しさは 親を尋ねて 海こえて 月夜の国へ 消えてゆく
銀のつばさの 浜千鳥      

親を亡くした身にはとても心にしみます。

震災被害にあった釜石市には「浜千鳥」という酒造メーカーがあります。清酒のほか、梅酒も作っています。
震災復旧支援にご協力を。(アマゾンでも買えます)
HP: http://www.hamachidori.net/
(アマゾンのページ)


かき氷屋の「波に千鳥」
深山塩竈 (ミヤマシオガマ)

「シオガマ」と名のつく花には、高嶺塩竈、四葉塩竈、
嘴(くちばし)塩竈、そして大雪山にのみ咲く黄花塩竈が
あります。花も見事ですが、葉も形よく、このため
「葉までよく見える」→「浜でよく見える」ものは
塩を焼く窯なので、塩竈になったとか。

本家の宮城県塩釜市も津波被害で
多くの犠牲者を出しました。
能では「融」でこの「塩釜」がテーマとなりますが、
「融」は能楽師の葬儀の際に謡われます。

(早池峰山頂上近くの高層湿地 クリックで拡大します)

早池峰山の南向かいに薬師岳があります。民話の里「遠野」から見ると早池峰山を隠すくらいの山容です。大昔、坂上田村麻呂が蝦夷(えみし)を退治した話が記紀に載っていますが、その蝦夷の拠点が遠野だったようです。そして、その威力を恐れた朝廷が鎮護のため早池峰山頂に祭ったのが「瀬織津媛(せおりつひめ)」。「禊(みそぎ)」と「瀧」「流れ」の神で、天照大神の荒神(荒ぶる魂)でもあり、水との縁は深く、「水に流して清める」はこの神から出たもの。三陸に津波が多いのも、この女神と関係があるからでしょうか。
(閑話休題)この薬師岳には、筬葉草(何て読むかわかりますか?)の大群落がありますが、早池峰山に比べて花の種類は多くありません。というのは、早池峰山は塩基性の高い蛇紋岩から出来ていますが、薬師岳は花崗岩質の山だからです。北岳、至仏山、アポイ岳など名だたる花の山は橄欖石(かんらんせき)や蛇紋岩など塩基性の高い岩からなっています。
筬葉草(オサバグサ)

筬(オサ)とは、機物の幅とたて糸を整える筬(おさ)で、シダに似た葉の形が似ていることからこの名がついたもの。ケシ科の花。
早池峰山の南向かいにある薬師岳に大群落がありました。
(岩手県遠野市 薬師岳)


(オサバ草の葉
 薬師岳(1644m)

早池峰山の全貌が眺められるこの山はうっそうとした
樹木に覆われ、あまり人が立ち入らない秘境です。

小田越登山口より
この山頂の向こう側が遠野

岩手県は北を青森県、南を宮城県、西を秋田県と接していますが、その県境は、それぞれ八幡平、栗駒、秋田駒ケ岳といずれも花の名所で、また温泉にも恵まれています。今回は、西方の秋田駒・乳頭山へ足を延ばしました。
深山薄雪草
(ミヤマウスユキソウ)
別名: 雛薄雪草

日本に自生する薄雪草には早池峰薄雪草のほか、深山薄雪草、礼文薄雪草、駒薄雪草などいくつかの種類があるが、これは秋田駒ケ岳でみた深山薄雪草。霧が水玉となって光っていました。東北地方の日本海側の山々でよく咲きます。

(田沢湖市 秋田駒ケ岳)
 

白根葵
(シラネアオイ) 別名: 山芙蓉(ヤマフヨウ)

葵と名が付きますが、アブラ菜科のワサビ(山葵)と違って、キンポウゲの仲間。
日本海側の山に多く見られる一属一種の日本固有種。
乳頭山(1478m-岩手県からは烏帽子岳)の山頂直下に咲いていました。 中央の突起がその乳頭山の頂。

(秋田・岩手県境 乳頭山)

四葉塩竈(ヨツバシオガマ)  (秋田・岩手県境 湯森山)

雛桜(ヒナザクラ)
青森県八甲田山を北限にし、南は福島県吾妻連峰までの東北の高層湿原に咲く白い桜草。他の小桜と比べて小さくて、清楚です。
(岩手県雫石町 千沼が原)

山を歩く者にとって忘れてはならない大事故があります。それは2年前(2009年)の7月16 日に大雪山系のトムラウシ山で起きた大量遭難で、10名もの死亡者を出しました。それもほとんどが60歳以上。中高年の安易な登山を戒める事例となりました。
7月上旬、一斉に咲き始める北の高山植物を求めて大雪山に登りました。今回は、初めての北海道の山岳であるため、ガイド付きツアーに参加しました。ガイド(女性)は大雪山を中心にガイド歴2,500回の大ベテランで、大雪山の高山植物調査を実施している花の専門家。参加メンバーは60代の退職教師、50代の会社経営者夫婦、そして私の4人に、シェルパ(荷物運搬人)2名を含めた合計7名。18名のメンバーが参加した遭難パーティに比べると大変優雅なパーティでした。
 予定コースは遭難事故を起こしたツアーと同じ旭岳−白雲岳−化雲岳−トムラウシ山で、天候も初日(7月7日)快晴、2日目−曇りのち雨、3日目−前線通過による大荒れとほぼ同条件。違ったのは、「早め早めに判断をして、いったん決めたことは変えない」ことで、このため最終日はトムラウシ山へは行かず、化雲岳から天人峡温泉へのエスケープでした。
 このツアーでは、生存のために何をなすべきかについて多くのことを学びました。そして、やはり自分の登山スタイルは「単独行」だと納得したのでした。

大雪山旭岳(2291m-姿見の池から)
(クリックで拡大)

深山金梅
(ミヤマキンバイ)

大雪山の花の特徴は、まず種類の多さで、そして一種類の花が同じ場所で大群落を作ります。本州との近縁種も多いが、早い時期に本州と分離したこともあり「蝦夷・・・」を冠した変種が多い。そして、花の色は濃く、大柄です。

(大雪山 間宮岳-2285m)

背後の山は左から
化雲岳、忠別岳、トムラウシ山(2141m)、(手前に)熊野岳

         蝦夷栂桜(エゾツガザクラ)
本州にも栂桜はありますが、道産子栂桜は色が濃く、また群落も大きい。
まさに「デッカイドー、北海道」。

背後の山はトムラウシ山。この日一日中見えていました。(非常に珍しいことだそうです)

(大雪山北海岳-2149m)

蝦夷小桜(エゾコザクラ)

桜草の仲間は多く、雪が解けた後に生える「雪割草」「白山小桜」は去年、白馬岳−雪倉岳銃走路で出会いました。今年は5月末に礼文島で「礼文小桜」アポイ岳で「蝦夷大桜」「様似雪割草」「岩桜」などの北海道固有の桜草も見ました。

(大雪山白雲岳-2230m)
背後の山は北海岳
同じ小桜草でも東北で見た雛桜は古風な(伝統遵守的な)カワイさがありますが、北海道の小桜は大柄で、開放的で、洋風というか、いわゆるバタ臭さがあります。

(大雪山 白雲岳避難小屋前)

岩梅(イワウメ)

岩に張り付いた苔のように見えますが、れっきとした木です。(稚児車や長之助草も姿は草ですがバラ科の低木)
1cmくらいの花がびっしり咲きます。

(大雪山 間宮岳〜北海岳)
背後の山(左)は大雪山の主峰 旭岳

お天気がよかったのもここまで。2日目の白雲岳〜化雲岳コースはどんよりとした曇り空で時折雨がぱらぱらと・・・そして風まで出てきたので、大事をとって途中で予定を変更して忠別岳避難小屋へ避難。このコースは大雪山花の道のメインイベントだったのですが・・・・。おまけに一眼カメラも作動不能になり・・・・。

稚児車(チングルマ)

花が終わると種子が風車のようになりますが、
この時期はまだ咲き始めで、瑞々しさいっぱいです。

(大雪山 高根が原) 7/8

背後の山は左から
忠別岳、化雲岳、小化雲岳
トムラウシ山は雲の中です。
明日この稜線を辿ることになるとはまだ分かっていませんでした。

細葉得撫草(ホゾバウルップソウ) (大雪山 高根が原)

本州の八ヶ岳や白馬岳連峰(そして礼文島でも)でも見られますが、こちらは細葉で、大雪山の固有種です。

     黄花塩竈(キバナシオガマ)   (大雪山 高根が原)
 この花も大雪山でしか見ることができません。
(画像をクリックすると拡大)
利尻竜胆
(リシリリンドウ)

大雪山でもめったにお目にかかれない竜胆です。
(時期もちょっと早すぎますが・・・)

(大雪山 平が岳)

(画像をクリックすると拡大)
駒草
(コマクサ)

本州の駒草は他の植物が生えない厳しい場所で咲くことが多いですが、ここでは他の高山植物に混じって咲きます。
本州の花よりは色も濃く、大柄です。

(大雪山 忠別避難小屋分岐)

3日目は雨風も強くなったため、コースを変更。トムラウシ山への登山を断念して、化雲岳から天人峡温泉に下りました。こちらのコースのほうが、花も多かった(特に化雲岳とトムラウシ山の分岐付近)のですが、霧も濃くカメラを出せないまま、山に向かって「また来ますよ〜〜〜」と言いつつ・・・・下山(エスケープ)となりました。
 

母について− 顕彰のために

母、ユリは7月27日、3年にわたるガンとの戦いの後、安らかに永眠しましたが、その一生は試練の連続でした。5男4女の長女(3番目)として生まれ、幼い時は弟妹の世話をし、長じては看護師として生家を助け、また嫁いでは、婚家の生計を支えながら、私たちを育てたのでした。そうした中で、姑からは苛められ、また、一人娘を幼くして失い、そして交通事故で下半身マヒという障害を抱えることになりました。そんなつらい境遇の中で、信仰を得、また、生来の負けん気の強さで、新たに和裁士資格を取得し収入を得、花(ラン)を育てたりして、明るく暮らしておりました。こうした試練やつらいことを克服することで富や名声では得られない「幸福」を感じていたと思います。それはちょうど重い荷物を持って高く、険しい山に登るようなもので、頂上に到着したときの達成感や眼前に広がる光景への満足感のようなものだったでしょう。また、途中途中できれいな高山植物と出会えた慰めもあったかと思います。私たちもこうした母の姿から多くを学びましたし、母の子であることにプライドを感じています。
そもそも私が花の写真を撮り始めたのは、花が大好きなのに外出できない母に代って、季節季節に咲く花を見せるためでした。特に普段見られない高山の花々を大変喜んでいました。今回の花々も、意識が薄れつつある中でも「きれいだね」と愛でてくれました。そしてこれらの花々(写真)を棺に入れ旅の友としました。
母の肉体は無機物(元素)に還元されて地球と一体化しましたが、好きだった花の養分となり、きれいな花を咲かせてくれるものと思います。母の死により、私の中にある母(のDNA)をより強く感じるようになりました。私が見る花は(私の中の)母も見ている、という気がします。これからも季節ごとに各地の花々を訪ねてゆきたいと思います−同行二人で。

山百合(ヤマユリ) 長野県南牧村平沢

 なにゆえに衣のことを思いわずらうや
 野のユリはいかにして育つかを思え、労(ツト)めず、紡(ツム)がざるなり
 ソロモン王の栄華の極みの時だにも、その装い、この花の一つに及(シ)かざりき
 (『新約聖書』「マタイ伝」第六章)


★東日本大震災被災者へのチャリティにご協力ください。
仮設住宅に入居されている被災者の方の励ましとなるよう花の写真を送っています。(集会室に掲示します)
何百か所もありますので皆様のご協力をお願いします。
1口(A3判1枚送料込み)3,000円で、寄贈者のお名前でお送りします。
お問合わせ・協賛については matsunaga@insite-r.co.jp まで。

★写真集『花想』をご覧になってください。
木佐聡希さんという写真家(歌人でもあります)がいらっしゃいました。昨年9月にパーキンソン病で亡くなるまでに身近にある野の花をレンズに取りこんでいらっしゃいました。歌人の心根と病への向き合いからでしょうか非常にリリカルな、そして存在感のある映像が納めてあります(下の写真をご覧ください)。写真は対象を写し取るものであると同時に自分(の内面)を写すことができることをこの写真集は語っています。
(病と対峙する彼女の矜持が表されているように思えます)
木佐聡希 写真集「花想」より

木佐聡希 写真集『花想』の詳細については以下のURLをご参照ください。1冊1890円です。
http://tabushi.cafe.coocan.jp/111005kisa-saki-kasou-PDFVersion.pdf

★お好きな写真を拡大プリントアウトします。
お気に入りの写真がありましたら、光沢紙にプリントアウトしてお送りしますのでお申し込みください。
A3判(新聞紙の半分): 額入(3,000円)、額なし(1,000円)
A4判(コピー用紙大) : 額入(2,000円)、額なし(500円)    いずれも送料込(ただし国内のみ)
お申し込みは matsunaga@insite-r.co.jp まで。

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