2013.9.13 revised

「中国」と「ケシ」というと、すぐ連想するのが「阿片(アヘン)戦争(1840年)」。茶や陶磁器の輸入で大幅入超であった英国がその代金決済として、インドで栽培したケシから採ったアヘンを中国に持ち込んだことで、アヘンの専売権を持っていた清国政府とぶつかった。頭数は多かったものの、鋼鉄軍艦や大砲など、当時の最新兵器を持たない清国軍はあっという間に壊滅。英国の大勝利となり、英国は香港の割譲や治外法権などを得ました。そして、この戦争後の100年間、アジアは大激動期となりました。(日本の明治維新や太平洋戦争まで大きな影響を受けています)

閑話休題。 今回ご紹介する青いケシは、アヘンの採れるケシではなく、その近縁種、メコノプシス(Meconopsis、以下M・と略)属の花々です。「ヒマラヤの青いケシ」として紹介されたことから有名になりましたが、栽培が難しいため日本で実物を目にする機会はほとんどありません(長野県大鹿村や五竜岳で小規模に栽培されていますが…)。そこで…
出かけることにしました。といっても、ヒマラヤは遠いので、中国四川省西部(チベット地区)。6月末、四川省東部は50年に一度の豪雨で橋が落ちたり、がけ崩れが起きたりして(お蔭で予定変更を余儀なくされました)、大災害に見舞われましたが、ひと山越えたチベット地区の乾燥地帯は青空が広がっていました。

花言葉は「底知れぬ魅力」。これまで多くのプラントハンターたちを引きつけてきました。私も来年はヒマラヤ(ネパール、ブータン)で青いケシに出会いたいと思っています。薬物によるものではありませんが、この花には相当の中毒効果がありそうです。

メコノプシス・ウィルソニー

昨年、吉田外司夫氏(青いケシ研究会代表)によって100年ぶりに確認されたケシ。淡い青紫色で、花付きがよい。

ウィルソニーは英国人プラントハンター、E.H.ウィルソンにちなんで名づけられたもの。
20世紀初頭、ハンカチの木を探して、四川省で植物を採集(今年5月に地震のあった雅安市宝興県付近)。日本にも来ており、屋久島の杉の巨株、ウィルソン株は彼が発見したものです。

3450m付近で咲くM・ウィルソニー。背後の山は牛場閣(ニューチャンガー)で、標高は4300m。

(四川省南西部冶勒(ヤレ)谷)


朝露に濡れて

冶勒谷で

(2800m)
こんな風に、一つの茎に多数の花が付きます。
(3400m付近)

このM・ウィルソニーが咲いていたのは则尔山(ゼアールシャン、5200m)のふもと(2800m~3800m)です。標高が高くなるにしたがってだんだんと小型(矮性)化してゆきます。また、4050m付近ではM・ヘテランディラという青いケシが咲いているのですが、4020mまで登ったところで時間切れ。来年の課題となりました。


ピラミッド型のきれいな山です。則尔山の頂上から北方に四川省の最高峰 ミニアコンカ(標高7556m)が見えるはずです。
左の写真をグーグルアースで見ると…(クリックで拡大します)

帰路、3900m地点の小川の傍でウィルソニーと葉の形が異なる青いケシを見つけました。後姿からM・ヘテランディラではないかと思いましたが、前に回ってみると雄蕊の葯の色や形が標本とすこし違っています。M・ラケモサにも似ています。そこで吉田氏に同定をお願いしたところ…M・ヘテランディアでした。本来はもっと高いところの岩の割れ目に咲いていますが、種が流されて来たようです。昨年、吉田氏が世界で初めて撮影し、この写真は世界2番目ということになります。

M・ヘテランディア
(後姿)

今回は、青いケシ研究会と昆明植物研究所の合同調査ツアーに参加したものですが、その目的の一つが青いケシの新種を探すこと。冶勒谷に入る前に、中国の衛星打ち上げ基地のある西昌市の南、螺髻山(ロージーシャン、4358m)の山頂付近で紅紫色と青紫色のケシを見ることができました。ツアーリーダーの吉田氏によれば、新種の可能性が高いとのこと。
青いケシは茎や葉にトゲをもっていますが、これは動物から
食べられないための防御と(乾燥地帯であるため)霧から水分を取り込むため。

黒百合にも似た色のメコノプシス。上記のM・ヘテランディアとは
花の色や葯が異なります。M・ヤオシャンネンシスの近縁種とか。

(四川省南西部普格県螺髻山(ロージーシャン) 4080m付近)
同じ近縁種でもこれは花の色や葉の形が少し違います。

今回最初に見たメコノプシス。葉にトゲがありません。

螺髻山 3800m付近)
螺髻山は富士山より標高は高いですが、頂上付近まで牛やヤクが放牧されています。このため、いたるところフンだらけ。これを避けながら写真を撮るのは一苦労です。また、川や池に糞尿が流れ込むため、どれだけきれいに見えても、生水は飲めません。(煮沸してもおなかを壊しました)

螺髻山と冶勒谷での調査は総勢20人の大パーティでしたが、後半の継続調査は8人の小世帯、4DW2台に分乗して、四川省北部を目指しましたが・・・・。
四川省は50年ぶりの大豪雨で橋が落ちたり、道路が陥没したりで、途中で世界遺産のある都江堰で2日間の停滞を余儀なくされました。南周りにルートを変更し、北西部のチベット地区に入りました。4000mクラスの山を越えると乾燥台地、青空が広がっていました。

今回の調査ルート

M・ヘンリキィ

チベットの峠では、ほとんどと言っていいほど経文を書いた五色の旗(タルチョー)が立てられており、風にはためいています。(後方に見える万国旗状のもの)

この折多山(セードウシャン)はラサに至る重要な道路の峠。大型トラックが引切り無しにとおるほか、大学生が夏休みを利用して、ラサまで自転車旅行(2000~3000Km)で息を切らしながら登ってきました。その数、1日数百人。中国の活力の一端がうかがえました。


(折多山 4300m)
折多山から北へ向うと、そこはチベット地区。四川省東部は大雨でしたが、ここは青空。
しかし、チベットへ入る道がここしかないため、そのうえ補修工事中で、大渋滞です。
メコノプシス・バラゲンシス

「誰も近づくな」とても言いたげに、葉や茎、そして蕾まで鋭い棘でおおわれています。それもそのはず、「ヒマラヤの青いケシ」として紹介されたホリデュラ種と同じグループです。
ヒマラヤより環境が温暖な分、優しげな花相です。

以前はM・ルディスに分類されていましたが、雄蕊が2重になっているなど、異なる種であると、2011年に吉田氏が発表。バランゲンシスは生息場所の巴朗山(バーランシャン)にちなんだもの。

(巴朗山 4300m)

ここでは花畑の中に青いケシが咲きます。
手前の青い花は延胡索(エンゴサク)、その右は塩釜菊。

メコノプシスの花は青い色ばかりではありません。黄色やピンク、紫色、そして赤い色まで多彩です。

M・インテグリフォリア

メコノプシス属では、黄色い花をつけるのはこのインテグリフォリアとプセドインテグリフォリア(プセドは「もどき」の意味)の2種。
前述のE.H.ウィルソンが採取した種がイギリスで開花しています。

(巴朗山 4300m)

メコノプシス属の近縁種、カトカルティア属のケシも黄色です。
  冶勒谷(2800m)

赤い中国だからではありませんが、朱色のメコノプシス。赤い物大好きの中国人ご用達です。

M・プニケア  (巴朗山 4300m)

  ↑上 開花直前のプニケア (紅原県の林間)

  ↓下 散る間際のプニケア(羊洪山 4200m)

メノコプシスのサイズはM・ウィルソニーの2mを超すものから、M・ヘンリキィのように10数㎝のものまで様々です。また、同じ種でも生息地域(標高)によって異なります。高度が高くなるにしたがって小型化しますが、小さくなることで氷河期を生き延びました。

M・バルビセタ
← (羊洪山 4200m)

今回ツアーの目的のひとつがこの分布を調べることでしたが、豪雨で予定を変更したため、九寨溝や青海省(久治-個々に標準種があります)まで行くことはできませんでした。
巴朗山や夾金山のM・バルビセタは近縁種の可能性があります。
← 巴朗山 (4300m)
夾金山(4100m)  →

4週間に渡った旅も最終の週になりました。羊洪山(ヤンホンシャン)は四川省最北部の阿バ蔵族羌族自治州(紅原県と黒水県の境)にありますが、ここは揚子江(長江)と黄河の分水嶺。この山の北に降った雨は黄河に、南(東や西も)に降った雨は長江に流れます。本来はさらに北に進んで、黄河上流部を下り青海省へ行く予定でしたが、残念ながらここで引き返すことになりました。
帰路は再び巴朗山に立ち寄った後、すぐ隣の夾金山(ジャオジンシャン)に登りました。

M・バランゲンシス・アトラータ

夾金山は巴朗山の西、30Kmほどのところにありますが、いったん谷に下り再度、登り返します。上のM・バランゲンシスと比べると、花弁の色が濃い紫色と違うだけで、葉の形や花の付き方、雄蕊の葯の形状、トゲの状態などほぼ同じです(花は少し小ぶりで、うつむいていますが…)。ちなみに「アトラータ」とは黒紫色を意味します。2011年、吉田氏により新種として発表しました。

しかし、ここにはあの青い色のM・バランゲンシスは1本もありません。たった30Km離れているだけでこれほど植生が違うのは生息環境が厳しいためでしょうか。

(いずれも 標高4100m)
巴朗山や夾金山の東南斜面は四川盆地に面していて、湿潤なため、竹が生えており、ジャイアントパンダ(大熊猫)が生息しています。
青いケシは北西側に生えているため、残念ながらパンダには出会いませんでしたが、こんなパンダに出会いました。

巴朗山の海抜4000mの道標

もっと青いケシをご覧になりたい方はこちらをどうぞ。
青いケシ研究会ギャラリー

今回の旅は「青いケシ」探索が中心でしたが、もちろんメコノプシス以外にもたくさんの花を見ました。
その中から印象に残った花をいくつかご紹介します。(花の名前は日本でみられる近縁種の名前をとりました。学名は吉田氏からご教示いただきました)


綿毛薊(アザミ) (Cirsium eriophoroides)
螺髻山 3500m付近)
インカビレア(ノウゼンカズラの仲間) (Incarvillea grandiflora)
 (螺髻山 3500m付近)

パラキレギア(キンポウゲの仲間) クッション状に集まっている。
(Paraquilegia microphylla)
 (螺髻山 4100m付近)
クレマチス・タングーティア(Clematis tangutica)
  (馬尔康 3000m)
キアナントゥス(桔梗の仲間)
(Cyananthus macrocalyx)  (夢筆山 4100m)
雉筵(キジムシロ) (Potentilla articulata var. latipetiolata)
日本では単体で生えていますが、環境が厳しいと集団で球状になって身を守ります。
    (巴朗山 4300m)

伊吹虎の尾(イブキトラノオ) (Bistorta macrophylla) (夢筆山 4100m)
黄花浅葱(キバナアサツキ)
(Allium chrysanthum) (羊洪山 4200m)
アジュガ (Ajuga ovalifolia) (夢筆山 4100m)

塩釜菊(シオガマギク)の一種 
(Pedicularis przewalskii subsp. przewalskii var. cristata)  巴朗山 (4300m)
まるで紫色の頭を持つトキコウ(コウノトリの仲間)が集まったよう。

トキコウ
羽蝶蘭(ウチョウラン)
(Ponerorchis chusua)

日本の白山千鳥や手形千鳥にもにた蘭。
(冶勒谷 3100m付近)
竜胆(リンドウ)

日本の深山竜胆に似たStarr Shaopeの5弁花。地上の星々です。

(冶勒谷 3000m付近)
ロスコエア(ショウガの一種) 
(Roscoea tibetica)

ちょっと見ると蘭のようです。

(螺髻山 3400m付近)
塩釜菊(シオガマギク)
(Pedicularis cranolopha)

北海道の黄花塩釜とも少し違います。

(羊洪山 4200m)

日本人とケシ
密教に護摩法要がありますが、法要の中で火中にケシの実を入れて祈る修法です。源氏物語の「葵」の巻に、葵の上の枕元に現れた六条御息所の生霊をケシの実を焚いて物の怪退散の祈りを行っていますが、その匂いが六条御息所の衣服について取れない、というくだりがあります。
(護摩焚きに使われた芥子の実は、からし菜の実という説や、麻の実という説もありますが…)
ケシは仏教(密教)と一緒に日本に入ってきたのかもしれませんね。そして、法要のみならず、痛め止めなど医療にも使われるようになり、広まったのでしょう。

お知らせ

11月4日(月・祝日)、矢来能楽堂で能「葵上」のシテ(六条御息所)を演じます。ケシの香りをプンプンとさせた怨霊になって男社会に対する恨みを述べます。お時間があればご来場ください。
(詳細は後程ご案内いたします)


★東日本大震災被災者へのチャリティ(花の写真贈呈)へのご協力をお願いします。
1月に3回目の花写真を16箇所の仮設住宅にお送りしました。
今回は9名の方からご支援をいただきました。お名前は出しませんが、厚く御礼申し上げます。

今回撮影した青いケシも含めて春、夏の花を送ろうと考えておりますので、みな様のご協力をお願いします。
1口(A3判1枚送料込み)3,000円で、寄贈者のお名前でお送りする予定です。
お問合わせ・協賛については matsunaga@insite-r.co.jp まで。

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