春は足早に…アン、ドゥ、トワ

今年(2013年)の冬は、例年になく寒さが厳しく(節電のせいもあったのですが)、梅の開花も2月下旬と1か月も遅れていました。この分では春は遅いと思っていましたが、3月に入ってどんどん気温が上がり、あれよあれよという間に桜が開花。観測史上2番目の早さとか。異常気象には驚かなくなりましたが(悲しいことです)、さすがこの桜の開花にはびっくり。その後の戻り寒気で桜の花は長持ちしましたが、パッと咲いて、ぱあっと散る桜らしからぬ今年の桜でした。
一方、5月にははや真夏日が現れ、梅雨の6月では各地で猛暑日(東京は、久しぶりにじめじめした梅雨ですが、どこか懐かしく、うれしいです)。年々春が短くなってきたように感じられますが、加齢による時間感覚の変化だけとも言えません。

能「西行桜」(世阿弥作)に
「夢は覚めにけり。嵐も雪も散り敷くや、花を踏んでは、同じく惜しむ少年の、春の夜は明けにけりや…」
とありますが、青春が人生の春ならば、やはり短夜の夢のようなものだったかもしれません。

短い春の花を追って、少し遠出をしてきました。

 白根葵(シラネアオイ)

この清楚な花は日本の固有種。日光白根山で初めて見つかったのでこの名がつけられました。日本海側の山で多く見ることができます。これまでも谷川岳、乳頭山などでお目にかかりましたが、一株だけぽつりと咲いているが常でした。しかし佐渡島のアオネバ(青粘)渓谷では大群落になります。このほかにも二輪草、大三角草(雪割草)、蝦夷延胡索などが群落を作ります。豊かな雪解け水と風のない南斜面、そして鹿がいないことも幸いしているのかもしれません。

「葵」といえば、徳川の家紋。こちらはウマノスズクサ科の双葉(二葉)葵の葉の形から来たもので、キンポウゲ科のシラネアオイとは別種です。5月15日に催されるる京都葵祭では、この双葉葵の葉と桂の葉をより合わせた葵桂(きっけい)を冠や装束につけます。ショウブがその匂いから邪気を払う力があると信じられたように、山葵(わざび)に殺菌能力があるので、葵に霊力があると考えられたのでしょう。

佐渡は、世阿弥が晩年流されたところ。島の各地に能舞台が多数あり、年間で25番以上演能が行われています。能で葵といえば、「葵上」。こちらは六条御息所の怨念がテーマ。今年の秋、能「葵上」に挑戦します。

          (新潟県佐渡島アオネバ渓谷)
    大三角草 (オオミスミソウ)   
別名(俗称): 雪割草(ユキワリソウ)   

雪が融ける頃、雪の下から頭をもたげて咲くことから雪割草の名もありますが、葉が大きく三裂していることから、三つの角の花で、大三角草。(園芸種も多くありますが)主に日本海側で咲きます。形や色が大きく変化します。関西では同じ仲間で白色のスハマソウがあります。
昨年も、この花を求めて、佐渡の対岸の弥彦山や角田山を歩きましたが、アオネバ渓谷の大三角草は群落の大きさや個々の花の色の多彩さで群を抜いています。花の浮島とよばれる礼文島にも匹敵するようです。


        (新潟県佐渡島アオネバ渓谷)

アオネバ渓谷の最上部は標高800mで、まだ雪に覆われていますが、渓谷をさがるにしたがって、どんどん花が開いてきます。標高差で違う季節を楽しめます。また、片栗の大群落があります。
        片栗(カタクリ)

片栗の花は、日が当たり気温が高くなると反り返ります。まるで、イナバウワー。これは、めしべの根元についている蜜標とよばれる濃い模様を虫たちに見せて、受粉のために誘引します。まさに、恋模様。

本州の片栗の葉は黒い斑入りですが、佐渡の片栗は斑のないすっきりとした姿・形です。渓谷に沿って大群落が広がり、その中には白花もちらほら見えます。

昔、順徳上皇などの貴人が流罪で、この地に流され、その後胤も多い佐渡島。どこか奥ゆかしい雰囲気は、花々にも表れているのでしょうか。

大三角草や片栗は春一時期パッと咲いて、そのあとは地中に戻り、影も形もなることから春の妖精(スプリングエフェメラル)と呼ばれています。このはかなさも、世阿弥をはじめこの地で没した多くの貴人・高官を思い起こさせます。

 (新潟県佐渡島アオネバ渓谷)

二輪草(ニリンソウ) 渓流に沿って咲き乱れます。
 
 蝦夷延胡索(エゾエンゴサク)  ケシの仲間
一輪草や三輪草もあり、同じキンポウゲの仲間です。
一人静(ヒトリシズカ)

義経に去られて一人たたずむ静御前の態、から来た名前ですが、これだけ密生すると、その清楚さがやや減じられますね。

穂状花序が2本立つ二人静(フタリシズカ)があります。
能にも世阿弥作といわれる「二人静」があり、これは静御前の憑依した里娘と静御前の霊が二人して舞うという特異なものです。


(いずれもアオネバ渓谷)
山桜(ヤマザクラ)

桜には大まかに分けて、ソメイヨシノやオオシマザクラなどの里桜と山桜しかありません。
里桜は変種も多く、また花見でも愛でられますが、普及したのは江戸時代以降。
それまでの文人墨客はこの山桜を見て歌に詠んでいたのでした。
西行や忠度が見た桜は、パッと咲いてパッと散る桜でなく、「霞む夕べの遠山」に浮かぶ桜でした。

吉野の桜も山桜ですが、佐渡の桜もなかなか風情があります。

 (新潟県佐渡島大滝山)
水芭蕉(ミズバショウ)

アオネバ渓谷を登りきるとドンデン山(標高934m)。
その麓にドンデン池があり、雪解け水が流れ出る
所に咲いていました。夏が来るころには葉ばかりに
なっていることでしょう。

このドンデン山の名は、「どんでん返し」から来た
のではなく、
1.いつも山に雲がかかっていて「曇天(どんてん)」
2.この山は別名タタラ峰とよばれ、製鉄に使うふいご
 の音が「ドンデン、ドンデン」と聞こえた
3.漢字で書くと「鈍嶺山」(山頂が円い)ことから
と諸説ありますが…さて

なお、ドンデン山一帯は放牧地になっていて、
ドンデン山と形が似た落し物があちこちにあります。

  (新潟県佐渡島ドンデン池)
  
春になるとつい口ずさむ歌が何曲かあります。
そのひとつが「春の唄」(作詞:喜志 邦三、作曲:内田 元)。
ラ~ラ~ラ、赤い花束車に積んで、春が来た来た村から町へ、スミレ買いましょ、あの花売りのかわい瞳に 春のゆめ
昭和12年にNHKラジオから流れたこの曲は、少しモダンな阪神間(阪急西宮北口)の情景を歌ったものです。この年は7月に盧溝橋で支那事変が発生したのですが、まだ戦争の深刻さが伝えられていなかったのでしょう。
そして、阪急と言えば、宝塚少女歌劇団。宝塚の春のテーマ曲と言えば、なんてったって・・・
スミレの花咲くころ、はじめて君を知りぬ…ドイツ語の歌の翻訳です。

そう、春は菫(スミレ)です。
菫は立坪菫のように全国どこにでも見られるものから、深山黄菫のように高山でしか見られないものまで数十種類ありますが、見分けるのはなかなか難しいです。(主に、花の色、葉の形、茎の有無などで区別します)
牧野菫(マキノスミレ)      

学名で「マキノ」が付く植物がかなりありますが、植物学の父といわれる牧野富太郎博士が発見したものです。しかも、このスミレは滋賀県マキノ町三国山でであった花。マキノ町とは直接関係がありませんが、因縁を感じます。
なお、マキノ博士の誕生日の5月22日は植物学の日となっています。

(滋賀県マキノ町三国山)     
大葉黄菫(オオバキスミレ)

マキノ町を訪れたのは、この花を見たかったため。黄色のスミレにはタカネスミレ、キバナコマノツメなど10種類ほどあります。また、白色のツミレも20種ほどあります。いずれも学名にはViola(紫の}が付きます。

   (滋賀県マキノ町赤坂山)

比較的よく見られる菫

壺菫(ツボスミレ) 別名:如意菫(ニョイスミレ)(熊本県阿蘇烏帽子岳) 立壺菫(タチツボスミレ) (福井県越前大野市荒島岳)

都会でも、田舎でも、どこにでもある普通の(スミレ)
 結構丈夫で、アスファルトの間からでも、芽を出し、花をつけます。 葉が細長いのが特徴。   (世田谷区桜丘スミレバ公園)

春の山野では、雪解けを待って花々が一斉に共演します。
山苧環(ヤマオダマキ) 岩団扇(イワウチワ) (滋賀県マキノ町三国山)
(世田谷区砧公園)
葉の形が団扇に似ています。岩鏡(イワカガミ)の仲間。
梅花碇草(バイカイカリソウ)

碇草は距(花弁の尾)が長く伸び碇状になっていますが、この梅花碇草はその距が目立ちません。1cmほどのかわいい花です。

(世田谷区砧公園)
春を告げてくれる山野草はどこか素朴で、「やはり野におけ・・・」ですが、人の手で改造された栽培(園芸)種は人間の美的関心を極限まで発揮させ、絢爛さを競い合います(その分、繁殖能力は減退していますが…)。とりわけ、牡丹や薔薇は花の王、女王です。 
牡丹(ボタン)

奈良時代に仏教と一緒に中国から日本にわたってきました。枝を燃やすとよい香りがすることから薬草として使われていました。
1929年までは中国の国花でしたが、今は指定されていません。唐代には「看華走馬」といって、科挙に合格したものが馬に乗って長安の牡丹園を見る権利を与えられていました。
能では「渤海草」または「深海草」(いずれも「ふかみぐさ」と読む)と呼ばれていました。

(世田谷区赤堤西福寺)
一方、女王は…
(いずれも世田谷区砧公園)

5月末、九州が梅雨入りする直前、屋久島の宮之浦岳の山頂付近には石楠花(シャクナゲ)だけが咲き乱れる不思議な光景が展開します。1年に360日雨が降ると言われる屋久島。この旅では1滴の雨にも合いませんでした。結構、晴れ男なのです。
屋久島石楠花
   (ヤクシマシャクナゲ)

高山性の石楠花には、黄花石楠花や白山石楠花がありますが、いずれも淡い黄色か白です。屋久島宮之浦岳は九州最高の標高1,936mですが、湿潤な気候のお陰でこのように絢爛とした花をつけます。

(鹿児島県屋久島宮之浦岳)
背後の山は永田岳

     でも何故、屋久島の高山帯には石楠花しか咲かないのでしょうか。
     それは、こいつのせいです。                      →

屋久島に生息する屋久鹿は雨で体温の低下を避ける進化で本州や九州の鹿より体躯は小さいのですが、山頂部まで広く分布しています。そして若い草の芽を食べつくします。
石楠花にはロードトキシンという痙攣を引き起こす毒があり、鹿は石楠花を食べません。このため、石楠花だけしかない植物相としては非常に貧困な山になってしまいました。
同様のことが、北海道、南アルプス、秩父・奥多摩、そして九州のの山々で起きています。鹿の食害対策もなされていますが、あまり効果は上がっていないようです。狼を絶滅させてしまったつけを払わされているわけです。もっとシカ肉を食べましょう。おいしいですよ。

屋久島と言えば、杉の大木。紀元杉や弥生杉など古木がたくさんあります。
縄文杉(ジョウモンスギ)

樹齢7000年以上と言われていますが、正確なことは分かっていません。古い木の周りを若い木が包み込んでいる合体木で、若い方が樹齢2700年です。高さは30m。
この木だけでこれまで何万トンの杉花粉を降らせたのでしょうか。もっともその頃は花粉症なんてなかったのでしょうが。

屋久島から九州へ向かうと同時に梅雨入り。
開聞岳、霧島山、久住山、祖母山、阿蘇山と九州の百名山を巡りましたが、
いずれも鹿の食害でさびしい山でした。でも、ツツジだけは…さすが本場。
深山霧島(ミヤマキリシマ)

霧島躑躅の発生地だけあって、見事な株がたくさんありました。通常はピンクですが、このように朱に近い色もあります。
背後の山は韓国(からくに)岳、右の池は大浪池。新燃岳が噴火するまで、この韓国岳から高千穂山まで縦走できたのですが、今は通行止めです。(噴火はしていませんでした)

(鹿児島県高千穂連峰
こちらは雨に煙る深山霧島。

(熊本県阿蘇山高岳)
(大分県竹田市久住山)

じとじとの梅雨ですが、植物にとっては夏の開花を準備する慈雨です。
そして日本にとっては世界有数の「資源」です。石油がなくても人類は生きてゆけますが、水のない生命は考えられません。その資源を活用せず、原発に走る政治家は一体何なんでしょうか。


★東日本大震災被災者へのチャリティへのご協力、ありがとうございました。
1月に3回目の花写真を16箇所の仮設住宅にお送りしました。
今回は9名の方からご支援をいただきました。お名前は出しませんが、厚く御礼申し上げます。

夏には涼を呼ぶ花を送ろうと考えておりますので、みな様のご協力をお願いします。
1口(A3判1枚送料込み)3,000円で、寄贈者のお名前でお送りする予定です。
お問合わせ・協賛については matsunaga@insite-r.co.jp まで。


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