雲南の春

4月下旬に中国雲南省の最北部を訪ねました。雲南省は常春の国ともいわれ、また花の種類の多さでは世界有数です。19世紀末ごろからキングドン・ウォードなど、名だたるプラントハンターたちがこの地で新種の花を発見しました。その中には初めて紹介された「青いケシ」や「ハンカチの木」などもあり、現在家庭や公園で植えられている園芸植物の多くがここで採集された種子から育てられています。本格的な花の季節は6月末からで、訪ねた時期は少し早かったのですが、石楠花や綾目など早春の花を楽しむことができました。また、花ばかりでなく梅里雪山(1991年に京大学士登山隊を中心とした日中友好登山隊17名が雪崩で遭難した)や白馬雪山など5,000m~6.000mクラスの山々を眺めることができました。
(花の写真は、画像をクリックすると拡大します)

 石楠花(シャクナゲ)

石楠花はツツジ科ツツジ属シャクナゲ亜属の低木でヒマラヤや中国北西部が原産地です(ツツジ科の仲間のカルミアは北米が原産)。ヒマラヤ南部のシャクナゲは赤い色で、ネパールの国花になっています。これがイギリスに持ち込まれて園芸化され、赤い色の西洋石楠花になりました。雲南のシャクナゲは白~ピンク系で、日本のシャクナゲに近い色です(といっても、白馬雪山のシャクナゲには緑や青色のシャクナゲもあるそうです)。

中国ではツツジ属の花はすべて「杜鵑花」(ドージェンフア)と呼ばれていますが、これは花弁の奥に濃い赤~紫の斑点があり、鳥のホトトギスの胸の色に似ているためです。(秋に咲くユリ科の花、ホトトギスにも斑点があります)

ちなみに、ツツジとシャクナゲの違いは葉に繊毛があるかないか、繊毛があるのがシャクナゲです。


         
(雲南省香格里拉県 洗面盤山)
花芯の近くに茶色の斑点があります。
この斑点が、鳥のホトトギスの胸の色に似ています。


        (雲南省徳欽県明永村 明永氷河)
日本のシャクナゲは低木ですが、ここでは5m~7m、高いものでは10mを超える高木になります。
日本ならば躑躅(ツツジ)となる「杜鵑花」
シャクナゲと違い葉が上を向いています。


(雲南省維西県塔城村 金丝猴公園)



金丝猴(キンシコウ)

西遊記の孫悟空のモデルとなった金色のサルですが、ここのキンシコウは灰黒色の猿です。
好物のサルオガセで餌付けされていますが、とても愛らしく、平和的な暮らしをしていました。


今回の旅の目的の一つは、1991年に京大登山隊17名を飲み込んだ梅里雪山を遠望するととともに、麓の明永村の人々と交流すること。梅里雪山は地元のチベット族の人々にとっては人間が近づいてはいけない「聖山」。彼らの反対を押し切ってまで登ろうとして、遭難したのは神の怒りからか…。
氷河から現れた遺骨・遺品を15年以上ににわたって収納してきた小林尚礼氏は著書「梅里雪山 17人の友を探して」で聖山の持つ意味を問うています。(このツアーはその小林氏が企画したもの)

朝焼けに染まる梅里雪山主峰 カワカブ峰(6740m) 直下は明永氷河
梅里雪山は2003年に世界遺産に登録された三江併流(金沙江(長江上流部)、瀾滄江(メコン川上流部)、怒江(サルウィン川上流部)が幅60Kmの間に南北に平行に流れている)の中核部に位置し、同時に世界遺産に登録されたため、中国の経済成長の追い風もあって、一挙に観光地化した。それまでは訪れる人も少ない貧しい一山村であったチベット族の村、明永村も氷河見物の観光事業で大いに潤い、伝統的な木造住宅も家電のあふれる漆喰のモダンな住宅に建て代わっています。
      
今、中央の大手観光業者が進出してきて観光事業を買収しようとしており、村は岐路(独自の事業存続か売却による補償か)に立たされています。

氷河見物の道に沿って、花を尋ねました。

  野生の牡丹(ボタン)

花の王、とも言われる牡丹は花弁が何重にも重なり合い、また花の色も真紅から紫、白まで変化に富み、大変豪華ですが、原種の牡丹は単弁・単色でそっけないものでした。
これを何世紀もかけて今見るような花に改良した古代の人々の努力は敬服に値します。

赤い色の原種牡丹
(香格里拉郊外 安南村)
一初(イチハツ)

アヤメ科の花の中で一番先に咲くから一初ですが、中国では「鳶尾」とも「藍胡蝶」とも呼ばれます。花弁の形がトビや蝶々に似ていることかでしょうか。
イチハツは明永村だけでなく、その後の訪問先でたくさん見ることができました。。
野蔷茨(イバラ)

太陽に向かって
晴れやかに。
中国名は七姐妹。
7人姉妹。
さぞ賑やかでしょうね。

笹葉銀蘭(ササバギンラン)

登山道わきの岩陰にひっそりと咲いています。

      豆科の花     

同定はできませんでしたが、マメ科の花です…ハギのような、またフジのような。
この花も、メコン川上流域から長江上流域(金沙江)にかけて、いたるところで見ることができました。


(いずれも明永村で)

春告鳥(ウグイス)、春告魚(ニシン)などは春の到来を知らせてくれる動物ですが、花にも春告花があります。
中国で迎春花と呼ばれる花は、黄色ジャスミンの仲間です。甘い薫りと一緒に春を運んできてくれます。
黄素馨 (キソケイ)  
  別名:黄梅(オウバイ)

ヒマラヤが原産で、日本には明治に「黄梅」の名で入ってきましたが、中国では旧正月頃から咲き始めるので迎春花と呼ばれ、めでたい花とされています。日本でも正月に福寿草を愛でるのと同じですね。

(雲南省徳欽県塔城村 金沙江流域)

下の花はメコン川沿いにあったキソケイ。地元のチベットの人たちは「報春花」と呼んでいました。花弁の先が尖っています。
(雲南省徳欽県永仁村 メコン川流域)
岩生報春(Yan Sheng Bao Chun)

そのものズバリの春告花は「報春」(春を報じる)桜草の仲間です。香格里拉周辺では6月末、荒野が一面の桜草に覆われるのですが、4月末ではわずかしか咲いていませんでした。
 (雲南省維西県塔城村 金丝猴公園)

  
明永村付近のメコン川渓谷は大変乾燥していて、サボテンが咲いているほどです。このあたり流域の村では氷河から引いた水で農業を行っています。最近では、寒暖の差を利用したブドウ作りが盛んで、自家製のぶどう酒も製造しています。
(メコン川湾曲部 右上の雪山は梅里雪山の南端部 雲南省徳欽県果念村付近

こんな乾いた土地でも花々は元気に咲いています。
凌霄花の仲間(ノウゼンカズラ)      

日本では初夏に朱色の花を付ける蔓性の花ですが、
水が少ないためか、ここでは草本です。
昨年は四川省で真紅のこの花の仲間を見ました。

(雲南省徳欽県崩村)    

野生桃
(ヤセイモモ)

明永村からメコン川対岸の飛来寺には梅里雪山の展望台がありますが、明永村より標高が約1000m高い3,300m。明永村では既に実をつけていた桃もまだ花を残していました。
  (雲南省徳欽県飛来寺村)
  
飛来寺村から梅里雪山の展望

乾燥厳しいメコン川流域ですが、明永村から100㎞ほど下ると高度も2000m以下になり、両岸に木々が見られるようになります。
メコン川河口(ベトナム、ホーチミン市郊外)から湿った風が遡ってきて雨を降らすためです。(屋根も傾斜が付くようになります)
そして風と一緒に遡ってきたのは…キリスト教の宣教師でした。ベトナムが仏印と呼ばれていたように彼らはフランス人でした。
伝えたのはキリスト教ばかりでなく、ぶどう酒作りも伝えました。その中心地が茨中村で、いまでも住民の半数はキリスト教徒です。
教会内部は天井絵に陰陽のマークをもちいたり、花も百合の代わり牡丹にするなど、漢洋折衷です。チベット仏教との軋轢も厳しかったため地元に溶け込もうとしたのでしょうか。
手前のブドウ畑の品種はローズ・ピンク種で、本国フランスでは絶えてしまった種です。
特筆すべきは、ここの宣教師たちが休暇中に雲南の珍しい花を収集し、紹介したことです。その中には、西洋に初めて紹介された「青いケシ」(メコノプシス・ベトニキフォリア)がありました。また、学名にdelavayiが付いた中国の植物がたくさんありますが、それはこの教会の神父だったPierre Jean Marie Delavayにちなんでつけられたものです。
上に紹介した赤い原種牡丹も学名はPaeonia delavayi です。
ただ、残念ながら彼は標本や種をフランスに送らなかったため、植物学上の功績は多くありません。
林檎(リンゴ)

教会の付属庭で咲いていました。

雲南省徳欽県茨中村

さらにメコン川を下ると…
草藤(クサフジ)

レンゲソウと同じマメ科の仲間。
田の畔に繁茂しています。
畑の緑肥として植えられています。

雲南省維西県巴迪村
キササゲ
中国名:梓

ノウゼンカズラの仲間です。
果実は頭痛、めまいなどの
漢方薬に使われています。
上野東照宮拝殿横に
樹齢300年の
老木があります。

(雲南省維西県巴迪村)
 
 
この少し下流(共楽)で、メコン川に別れを告げ、長江(金沙江)の流域へと峠を越します。
標高2960mの分水嶺でシャクナゲを見ることができました。
雲南石楠花(ウンナンシャクナゲ))(雲南省維西県腊八底村)  (雲南省維西県塔城村 金丝猴公園)
 小深山方喰(コミヤマカタバミ)
中国名:山酢浆草

シャクナゲの足元に咲いていました。
日本の高山林地でもおなじみです。


(雲南省維西県腊八底村)
 

長江の支流(腊普河)に入ると景気は一変します。乾燥気候から湿潤気候に代わり、空気が柔らかくなります。
メコン川沿いでは畑作が主でしたが、こちらでは水田主体になり、川水も濁った土色から澄んだ清流になります。
橋には屋根がつけられて(雨が多いためでしょう)、そして立派な門もついていました。
  (雲南省維西県塔城村)

このあと、金丝猴公園で一泊し、金丝猴を見たり、近くの森を散策して花を探しました。
クレマチス・モンタナ
中国名: 绣球藤
(地元のガイド:四弁牡丹)

日本ではテッセンと呼ばれるクレマチス。
この種類はつる性で木に絡まり大きく伸びます。
日本で売られているのは英国人プラントハンターが
採集した種からの輸入種です。


 
   
 目木(メギ)

花の色は、抗菌・抗炎症・中枢抑制・血圧降下などの作用があり目薬としても使われるベルべリンを含むため、黄色い。メギは目薬の木からきたもの。
また、葉が変形した刺がたくさんついているので「ヘビノボラズ」、「トリトマラズ」の別名がある。

(いずれも金丝猴公園内で)
   

さらに下って長江(金沙江)の川岸(標高1960m)に降りると、再び乾燥気候。
 豆の花

乾燥に耐えられるように葉は小さく、
茎は地を這っています。

(雲南省香格里拉県倉覚村)


そして、再び長江の右岸崖を駆け上って幹線道路のある尼西郷(土鍋の産地で有名)へ出ると、標高は3000mを超えます。
 黄花沈丁花(キバナジンチョウゲ)
中国名:瑞香

春先に強い香りで春を告げる日本の沈丁花の仲間。
沈丁花は本来、中国南部が原産地で種類は多い。

(雲南省香格里拉県尼西郷)


そして、この旅の出発地であり、終着地である香格里拉(シャングリラ)(標高3300m)に戻ってきました。
香格里拉というロマンチックな名前は昔からのものでなく、2001年、旧称の中甸(ゾォンディエン)県から呼称変更したものです。
観光振興のため、チベット仏教の理想王国(ジャンバラ)をもじってつけたようだ。香港(東京にも)には香格里拉ホテルがあります。
香格里拉では、花のガイドと一緒に、一日シャクナゲ・ツツジを見て回ったが、そのほかにも多くの花と出会えました。
また、チベットの民家を訪ね、彼らの普段の生活の一端に接することができた。
頭花石楠花(トウカシャクナゲ)
中国名: 头花杜鹃

薄紫の花が、枝の先にちょこんと2つ。
それ故、頭花であるが、他のシャクナゲも
枝先に咲いているので、この花だけの
特権でないはず。むしろ
小葉または米葉ツツジといったほうが
わかりやすいでしょうか。
 

真っ白なシャクナゲ


通常、シャクナゲやツツジの葉は常緑であるが、このシャクナゲは花がほとんどない。
桜のソメイヨシノように花の後で葉が出るのか、それとも出ないのかは不明。
  花を拡大すると
                                  (どちらも雲南省香格里拉県安南村)

アネモネ
中国名:銀蓮花

キンポウゲ科イチリンソウ属の仲間。
日本のハクサンイチゲに相当か。

(雲南省香格里拉県 洗面盤山)。
 春竜胆
(ハルリンドウ)

左のアネモネ花の周り
で咲いていました。
小ささがわかりますか。
 ピピタンサス・ネパレンシス
中国名:ネパール黄花木

日本のセンダイハギ(先代萩または千代萩)に
似た花をつけますが、これは木の花です。

(雲南省香格里拉県九龍村)
 草沈丁花(クサジンチョウゲ)と名付けた
学名:ステレラ・カマエジャスム
中国名:瑞香狼毒

上の木の沈丁花の学名はダフネであるが、これは草本なので別の学名がついている。
昨年、四川省のチベット地区で、淡紅色のステレラ・カマエジャスムを見た。


(雲南省香格里拉県九龍村)
 
   
 空木(ウツギ)の仲間かな?
(Deutzia rehderiana?)

中国の空木は日本と同じ種類(卯の花 Deutziacrenata)が多いのですが、これはちょっと珍しい種類です。

(雲南省香格里拉県安南村)
   
 小燕子花(コカキツバタ)
中国名:矮紫苞鸢尾 (马兰花)

3300mの高地ではアヤメもすっくりと伸びず、「春かな?」といった感じで外をのぞいています。
日本ではアヤメの葉をツバメに見立てて燕子と当てますが、同じものを中国人はトビ(鳶)と見ます。
それでも花に鳥や蝶の名を充てるのは、日本も中国も変わりません。このアヤメやこのページのトップあげたのシャクナゲのほかにもデルフィニュムは飛燕草(中国では翠雀)があります。


(雲南省香格里拉県諾西村)
 
ランチはチベットの村の民家(裸電球1個と囲炉裏、まるで戦前の日本の農家にタイムスリップしたようです)でいただきました。
パンとチーズ、そしてバター茶の質素なものでしたが、おいしくいただきました。
      バター茶は、竹の筒にお茶とミルク、バターを入れ撹拌して作ります。
          (雲南省香格里拉県安南村で)

雲南省最北部の3県(欽徳県、香格里拉県、維西県)を合わせて、迪慶(ディーチン)蔵族自治州と呼びますが、梅里雪山をはじめ、4000m以上の雪山が多くあります。梅里雪山以外は登山を許されており、中にはロープウェーで一気に4500mまで登ることができる山(シーカー雪山)もあります。
特に白馬雪山の麓には青いケシをはじめ、青い石楠花、そばかすユリ(ノモカリス)など珍しい花が咲いており、花のころに再び訪れたいと思っています。(ちなみに、中国の雪山の定義は「頂上部の雪が1年中消えないこと」です)
 天宝雪山
(標高4580m)

手前の花は野梨
(香格里拉県九龍村から)
     
 左
白馬雪山(標高5340m)
麓の谷に青いケシが咲く。 (欽徳への峠4500mから)

 右
   哈巴(ハーバー)雪山(標高5400m)
一日で登ることができるとのことです。

   
   石卡(シーカー)雪山(標高4420m)
香格里拉の市街地のすぐ近くにあり、ロープウェで頂上まで上がることができます。
   
   

   


四季の花々のページへ

インサイトリサーチホームページへ