モンスーン・ヒマラヤを行く
北から南へ そして乾燥から湿潤へ


(ネパール編)

 7月上旬、チベットでのトレッキングを終え、拉薩から空路でカトマンズに入ります。モンスーンの厚い雲に覆われたヒマラヤ上空で、ちらりとサガルマータ(エベレスト)の影を見ました。ネパールに入ると上空から見る山野は緑に覆われていて、飛行場に降り立つと、むっとした熱気。そして、チベットでは決して見られなかった空港(政府)職員のフレンドリーさ。もっとも効率は良いとは言えませんが、どこか近しさを感じます。手押し車に荷物を積んだまま、一般道路を歩いて少し離れた国内線ターミナルに向かい、18人乗りの小さな双発機に乗り込み、ポカラへ向かいます。ポカラが雨で視界が悪いとのことで、出発は1時間延期。だれも文句を言うものはいません。
(チベット・トレッキングはここをクリックしてください)
 トレッキングコース
(1) ポカラ=カル・パニ - ピパ・カルカ - ナムジェ・カルカ - コルチョン - カル・パニ=ポカラ(7月14日~19日)
(2) カトマンズ=ガトラン - ジャイスリクンド - パルドールBC - ソムダン - ガトラン=カトマンズ(7月20日~31日)

(ネパール中部) (Google mapより)
     
 雲の上にちらりと見えたエベレストとローツェ    ポカラ往復はこのプロペラ双発機(18人乗り)

(1)マルデ・ヒマールの花々  
ポカラはカトマンズから200Km西に位置し、標高800mのネパール第2の都市。アンナプルナやマナスルへのトレッキングの基地となっています。人造湖のペワ湖のほとりには多くのホテルやレストランがあり、多くの観光客がやってきます。最近では中国人観光客が増え、街にも中国語があふれています。また乾季であれば、近くの丘に登ると素晴らしいアンナプルナが眺められます。その中央に見えるのがマチャプチャレ(6993m)で、槍ヶ岳のように鋭角の三角錐を立てた頂は多くの人を魅了しています。今回はその南の肩のマルデ・ヒマール(5555m)の麓に咲くピンクの青いケシを見に出かけました。
(トレッキングルート)
 
 メコノプシス・タイロリー
 (Meconopsis taylorii)

青いケシ(Meconopsis)の大家、ジョージ・タイラー(G. Taylor)の名をとったこの花は1954年にマルデヒマールで標本が採取されて以来、地元民以外、誰も見ることがなかったといわれていますが、2015年植物写真家 梅沢俊氏が60年ぶりに撮影(朝日新聞による。ただし、自然史博物館には1998年の標本があり、また、ガイドによると以前にカナダ人を案内したことがあるということでした)。

この花のある場所までたどり着くには、4日間かけて標高差3000mの急坂を登りますが、その間には血に飢えたヤマビルの巣窟があります。

(ナウジェ・カルカ 標高4300m)
やっとたどり着いたナウジェ・カルカにはピンクのメコノプシスが咲き誇っていました。丈は1.2m~1.5mと大きく、花弁も直径が約12㎝と大柄です。また、雌蕊の先端(柱頭)が長く、濃紫色です。この花が300本ほど林立するさまは、まるで桃源郷のようです。
ほとんどはピンクの花を付けていますが、中には朱色や紫色に近い色のM・タイロリーもあります。 
   いづれも
ナウジェ・カルカ
 
 マルデ・ヒマールはアンナプルナやマチャプチャレ、そしてラムジュン・ヒマールの展望台です。マルデ・ヒマールの西尾根の登山道は整備されていて、山小屋もありますが、私が登った東尾根は、ヒツジや牛の放牧者しか通らない地元の道です。ナウジェ・カルカもヒツジの放牧場で、羊毛をとったり、肉にしたりします。
  
     マチャプチャレ
      Machhapuchhare


ネパール語で「魚の尾」を意味します。
それは、この山を南から見ると、マッター
ホルンのような三角錐ですが、東や西か
ら見ると双耳峰で、城の天守閣で逆立ち
する鯱(ちゃちほこ)の尾のように見える
ためです。

ヒンズー教徒にとって、シヴァ神と深い
関係があることから、聖山とされ、登山
が禁止されています。
1957年にイギリス隊が登山を試み、
頂上の手前50mの地点まで迫りました
が、聖山ということを考慮して、頂上は
踏まずそのまま下山したということです。

M・タイロリーが咲いているのは、右の
写真の中央左寄りの雲のぽっかり空
いたところ。

  (シンキュー・カルカから 標高4150m)
 
 
 ラムジュン・ヒマール
 アンナプルナⅡ峰


雲海が谷を埋め尽くすセチ・ナディ(川)を隔てて、東にラムジュン・ヒマールが連なり、その向こうにアンナプルナⅡ峰(7937 m)がちょっと頭を出します。
日が沈み、残照が少しづつ薄れて闇が迫る頃、麓から吹き上げて来る風が弱まるわずかな時間、霧が晴れます。
 
  (ナウジェ・カルカ 標高4300m)
 では少し戻って、ふもとから

「モンスーン」と聞くとどういうイメージを持たれますか?
 ・ 日本の梅雨のように雨がしとしと降る
 ・ スコールのようにざっと降ってすぐ止む
昨年のブータンではそうでしたが、ここネパールでは毎日が集中豪雨です。
河水は溢れ、崖は崩れ・・・登山口にたどり着けるかどうかも運次第。
倒木が道路をふさいでとうせんぼ。通りかかった村人が大きな鎌を持っていたので、梢から3分の1のところを切り落としてもらい、何とか通ることができました。モンスーン時期のトレッキングには斧や鎌、スコップなど土木用の道具も必要です。

登山口の6Km手前で、崖崩れで通行止め。ここから歩き始めます。
   
 
 
  ブータンやチベットでは荷は馬やヤクが運びましたが、ネパールでは人(ポーター)が竹かごに入れて運びます。
それは
1.草が豊富で、牛や馬を高所で放牧する必要がないため、荷役に使う大型動物がいない。(ここでは牛は人家近くの家畜小屋で飼われ、人が刈った草が与えられます)
2.トレッキングは1000mくらいの低地からスタートし、5000m近い高地までと標高差が大きいため、ヤクや牛では全行程をカバーできない。
(注:チベット族のシェルパのいるクーンブ地方ではヤクを使って荷役することもあります。また、数は少ないものの馬で荷役するケースもあります))


ツリフネソウの仲間
(Impatiens sp)
日本の山地に生えるキバナツリフネソウの仲間ですが、下唇弁の先端が別れず、とがっています。
Impatiens urticifloraでしょうか?

(カルワ 標高1360m)

セチ・ナディに沿って住民が通る踏み分け道を伝って河原を遡ります。崖の下の藪の中にポッと白いものが。ヒルや蛇に気を付けつつ、近寄ってみると…

   ショウガ科シュクシャ(縮砂)属の仲間
    ヘディキウム・エリプティクム
 
   (Hedychium ellipticum)

直径30㎝ほどの球状の花です。
英語名はshaving brush ginger 髭剃りブラシショウガ

          (チャウル付近 標高1210m)
 
 
アエスキナントス・フッケリ
(Aeschynanthus hookeri)

よくランと間違えられますが、(チベット・ラサのデポン寺で見た)イワタバコの仲間。苔むした桜の木の幹に着生して咲いていました。花から突き出した白い糸は雌蕊(めしべ)。
(カルワ 標高1360m)

一日目は農家の納屋のような簡易宿泊所に泊まります。
     

    ヤマビル
二日目はいよいよヤマビルの待つ2000mの登り。ガイドやポーターは塩の袋を用意して、この袋で足についたヒルを払います。ネパール語では「ズカ」といい、彼らも大変恐れて(嫌って)います。
私はサポートタイツを履き、エアーサロンパスを吹き付け、さらに、防水靴下とゲイターを着け、その上からヒル除けスプレーをたっぷり吹き付けます。こうすればほぼ完ぺきなヒル対策ができますが、靴やゲイターにうじゃうじゃとヒルが付くのあまりいい感じではありません。
ヒルは標高1000mから4000mの間で、落ち葉の下や草の葉の上にいて、動物の出す炭酸ガスを検知して素早く取り付き、直接皮膚について、血を吸います。食われても痛くも痒くもないため、気づくのが遅れます。ヒルは血液が固まらないように特殊な成分を注入するため、吸い終わった後も血が止まりません。このため、ヒルに吸われた後、衣類は血で染まります。
形はまるで小枝のようで、動かないと見過ごしてしまいます。サイズは数ミリから大きいもので5㎝ほど。特大のヒルは30㎝もあるといいます。
キャンプ地ではザックと一緒にテント内に忍び込み、寝ている間にかまれることも多いため、寝る前にはテント内のヒル探しをしなければなりません。特に雨が降ると、地面から湧くようにでてきます。
私は帰路、雨の中をシャクナゲ林の下を通った時、小さなヒルが額について、血を吸われてしまいました。1cc以下の献血でしたが。
 
草の上で動物を待ち構えるヒル。
長さは5㎝。

(標高2700m)
 石の上のヒル。
長さは3㎝。
動くときは尺取虫のようにからだをくねらせて移動します。

(標高1900m)

幸い、ヤマビルには大して悩まされることはありませんでしたが、その代わりもっとひどい目に会いました。
それはイラクサとハリブキです。葉や茎の棘に触れると、激痛がが走り、しかも痛さはしばらくの間続きます。
痛さの正体は「ギ酸」ですが、その強烈さは日本のイラクサやハリブキの数十倍あります。

     三本槍のような葉がハリブキ、
その右の大葉のようなのがイラクサ

棘のある所を拡大すると…

 いかにも痛そう…実際飛び上がるほど痛かった。

とはいいつつ、樹林帯を登るのは、日陰もあり、鳥の声も聞こえ、そして湿った場所を好むツリフネソウやランの花が楽しめます。

 
 ツリフネソウの仲間 (Impatiens sp)
(標高 2260m)
  
 
 インパチェンス・プベルラ (Impatiens puberula)
(標高 2600m)
 
エビネの仲間
 (Calanthe alpina)
 
(標高2950m)
 
 チドリランの仲間
 
 ペリスティルス・ドゥティエル(Peristylus duthiel) 
(標高3100m)
   テガタチドリの仲間
(Gymnadenia.orchidis)

(標高3300m)
 木の根から鎌首をもたげたのは

  アリサエマ・グリフィシー
   (Arisaema griffithii)

日本では天南星と呼ばれるサトイモの仲間です。
その一種にマムシグサがありますが、
ネパールだとさしずめコブラグサでしょうか。

ちなみに英語名はコブラリリー(Cobra lily)。

反対側から見ると象の顔のように見えます。

(標高2900m)
 
 
ショウガの仲間
ロスコエア・アルピコ (標高3000m)
 これもショウガ科
   ジャノヒゲの仲間
 カウトレア・スピカタ    オフィオポゴン・ボディニエリ
 (Cautleya.spicata1)
 (標高2700m)
   (Ophiopogon.bodinieri)
(標高2950m)

標高3200mまで来ると草原地帯になります。陽当たりがよく、少し乾燥してきますので、多くの花が見られるようになります。
キク科の花で、メタカラコウ属の近縁種。 
クレマントディウム・トムソニー
(Cremanthodium thomsonii ) 
シソ科のポリジに似ていますが、ムラサキ科の花。


どちらも
ピパ・カルカの下
(標高3200m)
 マハランガ・エモディ
(Maharanga emodi)
 
   ストロビランテス・アトロプルプレア
 (Strobilanthes atropurpurea)

キツネノマゴ(狐の孫)科イセハナビ(伊勢花火)属という不思議な名前の種類。この花は熱帯地方に広く分布するツンベルギアの仲間です。左の写真は正面から写したものですが、横から見ると花の先端がキセルのように曲がっています。種名の「アトロプルプレア」はアトロ(黒い)+プルプレア(紫)と花の色から命名されました。
  (横から見る) (標高3200m)

そして斜面いっぱいに黄色の青いケシ、メコノプシス・パニクラータの群落が現れます。 
 メコノプシス・パニクラータ
 (Meconopsis paniculata

チベット、ブータン、インド(アルナチャールプラディッシュ)そしてネパールまで広く分布します。高さは1.2m~2mと大きく、比較的湿潤な土地を好みます。近縁種、変種も多く、また、他の青いケシと容易に交雑します。

(標高3200m)
この稜線の上が、今夜のキャンプ地 ピパ・カルカ
 
                   ピパ・カルカのキャンプ地

約12時間かけて2000mを登り切り、標高3350mの池畔に到着。少し青空が現れ、池の面に映ります。放牧者が使う小屋があるのですが、あまりに汚かったため、この池の傍でテントを張りました。
夜半に雨が降り、どこからともなくヤマビルが湧き出してきて、テントの外壁にびっしりと張り付きます。
 三日目の朝はきれいに晴れ渡りました。
尾根のM・パニクラータも大きく背伸び。
 
 
  谷向こうの尾根は帰路の中央稜。木のない丸い空地は放牧場 クマイ・ダンダ。
谷を隔てて、わずか3000mしか離れていないのに、向いの尾根にはM・パニクラータはなく、別種のM・スタイントニーしかありません。

(標高3420m)
 標高3600m付近でM・パニクラータの群落は姿を消します。替わりに花の終った大型のメコノプシスが現れます。一輪だけ残ったピンクの花弁と成熟した子房カプセルから、
M・タイロリー
だと分かりました。ここから、群落地ナウジェ・カルカまで、道しるべのように点々と咲いています。
また、帰路に通ったマルデヒマール中央稜にもありました。想像するに、ナウジェ・カルカに放牧されるヒツジたちが秋、里に下りるときに種を運んできたものと思われます。
      
  (基部葉)
  メコノプシス・シヌアータ
(Meconopsis sinuata)

ミロのビーナスのようなS字形のなまめかしい姿態を見せる青いケシ。一瞬、新種か?と思いましたが、葉の形が波打って(sinuate)いることから、M・シヌアータのローカル種とみました。昨年、ブータン中部でも見ましたが(下の写真)、ここは分布の西の端。地域によってこれだけの差があります。
            (標高 3830m)
 
   (ブータン ブムタン県スノーマントレック)
         アネモネ(ハクサンイチゲの仲間)の競演  (標高4000m)
     
アネモネ・オブツシロバ
(Anemone obtusiloba)
  アネモネ・ポリアンテス
(Anemone polyanthes)

斜度60度の坂(崖)を登り、4000mの高みに出ると、森林限界を超え一面の草地。ヒツジの放牧地(カルカ)となる。ヒツジは白や黒、そして白黒まだらや赤毛もいます。寒冷にも乾燥にも適用でき、毛や肉が取れるヒツジが広く飼われている。不思議なことに、羊の群れには必ず何頭かヤギが混じっています。そして、カルカにはヒツジが食べないサクラソウやタデ科の花が咲き乱れます。

斜度 60度は感覚的に垂直に近い。ここを越えれば平坦な道。
  カルカの朝

ヒツジは夜一カ所に集められ、犬に守られて夜を過ごす。

(シンキュー・カルカ)
(標高4150m)
   
     
  プリムラ・オブリクア (Primula obliqua)    プリムラ・ストゥアルテー(Primula stuartii)
     
  
 ビストルタ・アフィニス (Bistorta affinis)   (シンキュー・カルカ 標高4150m) 

深い谷と断崖絶壁の間の細い道を抜けて、目的地ナウジェ・カルカに向かう。
正面にはマチャプチャレ、谷の向こうにラムジュン・ヒマール。
 キプリベディウム・ヒマライクム
 (Cypripedium.himalaicum)

  日本では絶滅危惧種のラン科、
敦盛草の仲間。
ここでは誰も盗掘しません。
敦盛草の花は蜜を出しませんが、
色と香りでハナバチを誘います。
騙されて花に入ったハチは蜜が
ないことに気付き、狭い花の中を
何とか脱出します。その時、ハチ
の背に花粉を付け、運ばせます。
まさに、色香に迷わせて目的を
達する知恵者(悪女?)です。

(標高4200m)
 
    ラゴティス・クナウレンシス
 (Lagotis.kunawurensis)

北海道や白馬岳で見られる
ウルップソウ(得撫草)の仲間。
白色だけなく、薄紫色の花も
あります。

(ナウジェ・カルカ 標高4250m)


ナウジェ・カルカで二泊して、花を探した後、もと来た道をシンキュー・カルカまで戻り、マルデ・ヒマールの先端丘を越え、中央稜を下ります。

  峠の小休止

ここから先は下り坂。
一息入れています。

谷を隔てて、マルデ・ヒマールの
西稜。その先の、雲の中に
アンナプルナ・ダクシン(7219m)
に続く尾根が望めます。

マルデ・ヒマール西の肩
(標高4180m)
   
午後は雨、滑りやすい急坂を慎重に下ります。標高が3700mを切ると、それまであったM・タイロリーは姿を消し、白や朱色、ピンクの青いケシが現れます。
花の色はみな違いますが、どれも

   メコノプシス・スタイントニー
   (Meconopsis staintonii)

高さは1m~1.8m、葉の形や果実の付き方などは東尾根に咲いていたM・パニクラータとたいへんよく似ています。
東尾根とはわずか3Kmしか離れていないのに、同属でも種類の全く違う花が育ちます。まるで陸のガラパゴスです。
       
(標高3650m コルチョン) (標高3700m)    
(標高3000m)    

ヤマビルの湧くコルチョンで一泊し、標高差2500m麓まで一気に下ります(途中でタケノコを取り、夕食のおかずにしました)。下るにつれて天候は回復し、青空も。荷物にくっついていたヒルも暑さと乾燥で荷から落ち、地面に点々と転がっています。
セチ・ナディにかかる吊り橋を渡り、カルパニに到着。ここでマルデヒマールのトレッキングは終了です。以前、この橋のたもとの河原には商店があったのですが、2012年5月、上流の氷河湖が決壊して大洪水となり、70名以上の住人と建物が流されました。氷河湖決壊は地球温暖化が原因で、私たちが「ちょっと楽をしたい」と取る行動がこんなところで災害を引き起こしています。
 
セチ・ナディにかかる吊り橋。以前は橋の右側の河原に商業施設があった(下の写真)が、洪水で買い物客もろともに流された。
 洪水前の橋(Google Earthから借用)
 (標高1250m) 

 この後、ポカラからカトマンズに戻り、次のトレックの準備をします。カトマンズの街は、人と車と砂ぼこり(雨が降ると泥水)でカオス状態。信号無視(信号はあっても点灯していない)や割り込み、長蛇の渋滞、無茶な横断などが横行。交通事故が起きないのが不思議なくらい。それも一種の予定調和の秩序なのかもしれません。


(2)パルドール・ヒマールの花々

 パルドールはカトマンズの北70Km 、中国国境上にあるガネッシュ・ヒマールの南に位置します。2015年に大地震のあったランタン谷はボテ・コシ(川)を挟んで反対の東側にあります。目的は赤い花をつける青いケシ、メコノプシス・ガネシュエンシスを探すこと。昨年(2016年)植物写真家の梅沢俊氏がこの地域で探されたのですが発見できませんでした。
(トレッキングコース)
 

 早朝、トレッキングスタッフと共に4WDでカトマンズを発ち、一路北へ向かいます。途中までは舗装された国道を快調に飛ばしますが、ランタン谷が近づくに従い、地震や豪雨で崩れた道路補修で工事渋滞。対向車の通過を待つ車列が延々と続きます。そのうえ、ランタン谷国立公園に入るには厳しい検問を受けるため、さらに遅れます。ランタン谷との分岐点、シャプル・ベシを見下ろす峠に着いたのは午後5時。ここから先は深いぬかるみ道で4WDも通れないため、その日の宿泊地ガトランまで歩くことになります。ぬかるみを外して道の端を歩くとヒルがすぐ付くため、ヒルか、ぬかるみかというつらい選択をしなくてはなりませんでした。
斜面に広がるガトランの家々は、トタン葺きや青いビニールシートのかかった屋根が多く、地震の傷跡があちらこちらに残っています。復旧にはまだまだ時間がかかりそうです。
   
 斜面に広がるガトランの町。青いビニールシートや白いトタン屋根が多い。  屋根が落ち、放置されたままの住宅。
 ネパール人の4分3はヒンズー教徒で、ゴサイン・クンドなどヒンズー教の聖地が各地にあります。一方、中尼(ネパール)国境付近はチベット族が多く居住していて、文化的にはチベット風の暮らしをしています。すると、ヒンズー教の聖地にチベット仏教のタルチョをかけるなど混交が起きています。ヒンズー教徒のガイドはネパールでは宗教弾圧がないと胸を張ります。

右の写真はガトランの町の上にある上水道として使われている池(クンド)で、シヴァ神の妻、パルバティを祭ったパルバティ・クンド。祭のため、村人が池の掃除をしていました。
 

 最初のキャンプ地クルップカルカまでは自動車道をショートカットする形で登ります。地元の人々は、車は泥濘にはまると動けなくなるので、自分の足の方が確かだと峠を越えて歩きます。ガトランの学校の寄宿舎で暮らしている姉弟もこの道を通って親元に帰ります。そして峠に近づくと黄色いメコノプシス・パニクラータの群落が現れますが、残念ながらほとんどの花は終わっていました。
峠へ向かう姉弟 M・パニクラータの群落 
 
    クルップカルカでテントを張っていると近くの放牧小屋の子供たちが興味深そうに見に来ます。始めは、おっかなびっくりで見ていたのですが、「ナマステ」と声をかけると、「ナマステ」と返事を返し、いつまでも繰り返してしていました。とても愛くるしい子供たちです。彼女たちが初めて見る日本人だったかもしれません。

(クルップカルカ 標高3730m)
その夜はテントも吹き飛ぶかと思われるくらいの暴風雨。しかし、一夜明けると素晴らしい快晴。ガネッシュ・ヒマールを始め、周囲の7000mクラスの山々を堪能できました。  
 左:ガネッシュⅢ峰
(Salasungo)
(標高7043 m)


右:パルドール峰
(標高5903m)
 
   東にはランタンリルン
(左:標高7227m) や
ゴサインクンドの山々
 そして西はソムダン谷を
隔てて、帰路に通る
パンサンダンダの峰々
(最高峰は4500mを越えます)
 

 いよいよ青いケシを求めてジャイスリクンドまで標高差700mを登ります。途中いくつかの峰を越えてゆきますが、ヤクや馬だと通れないような急な崖があります。天候も、途中から霧、そして最後は雨になりました。      
ポティンティラ・アルジロフィリア・アトロサンギネア
(Potintila argyrophillia atrosanginea)

日本ではミヤマキンバイなどバラ科キジムシロ属の仲間。ほとんどが黄色い花ですが、
この種だけは朱色です。

(標高 4050m)
 
     
メコノプシス・ピンナティフォリア
(Meconopsis pinnatifolia)

薄紫色の花びらに赤紫色で細かい柔毛がたくさんついた葉。
霧からたっぷりの水分を受け取ります。種名のピンナティフォリアは
ラテン語で羽状の葉の意味。羽毛のような柔毛です。
中国では吉隆绿绒蒿(ジーロンリューロンハオ)と呼ばれているように
お隣チベット吉隆県の名がついていて、ヒマラヤを挟んで南北に分布
しています。
 

(標高 4150m)

 キャンプ予定地のジャイスリクンドは一昨年の地震で水が抜けてしまい、キャンプができないため、その下のカルカでキャンプ。水の有無がキャンプ地選定の最優先事項であるため、予定地についてからの変更はしょっちゅう起きます。時には次のキャンプ地まで足を伸ばさなくてはなりません。秋にはここでヒンズー教の大祭がありますが、水をどうするのか心配です。

  メコノプシス・オータムナリス Meconopsis autumnalis


森林限界を超えた草地に生えますが、沢筋など水のある所に連なって咲きます。中央の岩峰の下にあるジャイスリクンドの水もこの沢を下って流れたのでしょう。
   この花に秋(オータム)の名がついたのは花期が7月~9月と他の青いケシより遅いためです。(私も今回のトレッキングで最後の目的にしました。)
M・パニクラータと大変良く似ていて、区別がむずかしいのですが、葉の形が上のM・ピンナティフォリアと同じように基部で羽状になっています。また、多年生のパニクラータと異なり、一稔性(一度花が咲くと枯れる)です。
この花が新種として認められたのは2008年と比較的新しいのですが、それ以前にもプラントハンターの J. D. A. Stainton や東大植物学研究室の探検隊に採取されています。新種とならなかったのはM・パニクラータとみられたためでしょう。
                          (標高 4240m)
   M・パニクラータ (葉の形に注目)
 (ソムダン 標高3340m)
 
沢筋に沿って点々とM・オータムナリスの行列。
 

 最終目的地パルドールベースキャンプ(BC)へは、4700mの足元の崩れやすい尾根を越してゆきます。前日に岩崩れがあったため、私たちの前にいたグループはここで引き返しましたが、私たちは地元のガイドを雇い、喘ぎながら霙の降る崖をよじ登り、渡渉を繰り返し、なんとか到着しました。
ここは以前、鉱山の管理小屋があったところですが、石積みの外壁は残っているものの、屋根は吹き飛び廃屋状態です。
    

 このところに3泊し、周囲の谷や峠を回り、目的の赤い色のメコノプシス・ガネシュエンシスを探します。地元のガイドに写真を見せると、見たことがあるという。その場所へ行ったり、1997年に東大植物学研究室の遠征隊が見た場所へも行ってみましたが、残念ながら発見できませんでした。
その代わり…見事なメコノプシス・ホリデュラの群落やセーター植物のサウスレア・ゴシピフローラがありました。
メコノプシス・ホリデュラ (Meconopsis horridura) 
  急斜面に点々と青い花
 
サウスレア・ゴシピフーロラ
(Saussurea gossipiphoora)

綿毛トウヒレンとも呼ばれるキク科の植物。
新芽を綿毛でくるみ、寒さから守ります。
漢方薬の材料になるので、中国ではよく盗掘されます。

(いずれも 標高 4700m)
   

 最後の望みをパンサンダンダのトレックにつないで、南に連なる峰々を越えて、パンサン峠に向かいます。途中、ヒツジの放牧地、リラ・カルカで休養。久しぶりの天気で、シュラフや雨具などを干すことができました。約600頭のヒツジとヤギが飼われています。ヒツジの食べないサクラソウやトリカブト(鳥兜)、フウロソウなどが大きな群落を作っています。

アコニトゥム・スピカトゥム
(Aconitum spicatum)

日本のトリカブトと同様、根には猛毒を持つ。
ブータンなど狩猟民はこの根をつぶして、精製し、毒矢として使用しているが、ネパールではそのような利用はない。
濃度は薄いものの葉にも毒があり、経験のない仔羊はこの葉を食べて中毒死することも多い。
奥の白い花は同じく毒を持つサクラソウ。

(リラ・カルカ 標高4430m)
     
 
  ← 左 
コドノプシス・タリクトリフォリア
(Codonopsis.thalictrifolia)

ツルニンジンの仲間。ランプシェードのような花弁が特徴的。

   右→ 
    キアナントゥス・ロバトゥス
  (Cyananthus.lobatus)

キキョウの仲間。青いケシに近い青。

8月初め、ヒマラヤはもう秋の気配が漂っていました。

(いずれも パンサンダンダ
 標高4000m)

一縷の望みをかけたパンサンダンダ探索でしたが、ここでもM・ガネシエンシスは見つかりませんでした。
振り返ると雲間から現れたガネッシュⅣ峰(Pabil)(7104m)が「またいらっしゃい」と見送ってくれました。


目的は100%達成できなかったものの初めてのネパールは花も山も楽しめました。
帰路は、往路を逆にカトマンズ-拉薩-成都と乗り継いで、8月初旬、羽田空港に降り立ちました。

(謝辞)
今回のトレッキングではネパールの旅行会社G.Kアドベンチャートレック社のお世話になりました。費用面だけでなく、チベット旅行社の紹介等でも助力をいただきましたので、この場を借りてお礼申し上げます。

★災害被災者(東日本大震災、熊本地震、北九州豪雨など)へのチャリティにご協力ください。
これまでも震災遺児への奨学金支援や震災被災者仮設住宅への花の写真贈呈などのチャリティ活動を続けてきましたが、今回も年末に向けて実施いたします。皆様のご協力お願いしたします。
1.震災遺児への奨学金支援
(カレンダー)
今年撮影した花を中心に「四季の花々カレンダー」を作成します。(昨年のサンプルはここをクリックしてください)
1部 1,000円 (送料 5部まで200円)で販売し、1部につき1000円を購入者のお名前で、公益財団みちのく未来基金へ寄付いたします。
財団から控除証明書が送付され、寄付金は全額所得税控除の対象となります。
(前回は44名の方のご協力を得、10万円を寄付することができました)

(額装写真)

 掲載している花(これまで掲載した分を含む)の中でご希望の花をプリントして、額装します。アクリル板で木製の額です。
価格は写真のサイズにより、
A4版(額縁外寸:306×378mm) 3000円(送料を含む)
A3版(額縁外寸:380×503mm) 4000円(送料を含む)
(他のサイズや額なしも可能ですので、ご相談ください。)

上記カレンダーと同様、1部につき1000円を購入者のお名前で、公益財団みちのく未来基金へ寄付いたします。
   (サンプル)
  


2.応急仮設住宅への花の写真贈呈
復興は進んでいるものの、原発事故のあった福島県では多くの方がいまだ応急仮設住宅で暮らしておられます。また、今年7月の北九州豪雨では、8月に応急仮設住宅が2か所完成し、入居が始まりました。これらの仮設住宅の集会室に飾ってもらい、入居者の皆様への励ましとなるよう花の写真をお送りします。
お送りする写真はA3版のサイズで、アクリル板、木製の額入りです。
1枚 3000円で、贈呈者のお名前でお送りします。

ご協力・ご協賛いただける場合、matsunaga(この間に@を入れるか、ここをクリックしてください)insite-r.co.jp まで、チャリティのタイプ(奨学金支援または写真贈呈)や数量(部数、サイズ)をお知らせください。


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2017.10.26 upload