(ラムジュンヒマール・ダンフェ峠から望むカングル峰とゴルカ山群)

新型コロナ第6波が収まり、7日間隔離の入国規制が緩和された6月中旬、この機を逃すまいとネパールに向けて旅立った。カトマンズ行きの直行便は赤ん坊や小さな子供を連れた親子連れ・家族連れで満席だった。聞けば、コロナ禍の最中に生まれた子供をネパールの両親に見せに行く里帰りだという。彼らも再入国時の待機解除を待っていたのだ。
ネパールでの花探索は2018年のカンチェンジュンガ以来、4年ぶりで、青いケシとは3年ぶりの対面となる。今回は中日国際旅行社の社員で青いケシハンターのL氏と同行。彼は毎年2~3ヶ月間休暇を取り中国南西部やチベットで青いケシ探索を行っていて、今年もチベットへ入る予定であったが、ロックダウンのため止む無く断念。代わりに私と一緒にネパールに来た訳だ。頼もしいパートナーである。
今回の探索の目的は
1.これまで足を踏み入れなかった西部で未見の青いケシを探す。
2.中部のラムジュンヒマールでサンプルしか残っていないM・ラムジュンゲンシスの生態写真を撮る。
モンスーンシーズンのネパールでは雨が降れば川は溢れ、橋は流され、道路は寸断される。(徒歩以外の)交通機関による旅は予定が立てられない。そのうえ、高度差や寒暖差、食あたりによる体調不良。いくつもの困難を乗り越えてたどり着いた花園で花たちは微笑んでいた。

(今回の旅程-Google mapを加工)
 
世界最高峰エベレストを持つネパールの最低地点は最南東部ケチャナで海抜60m、その標高差は8788mにもなる。温度差にすれば約80℃(1000mで6℃の差)もあり、酷暑と極寒が同居する国である。西部への中継地ネパールガンジはインドとの国境に位置し、標高150mで、日中の気温は体温を超える。

ネパール西部では、ジュムラとシミコットを基点に青いケシを探した。両地域ともモンスーンの影響が比較的少なく、晴れた日が続いたが、ネパールガンジからの航空路は谷筋を縫って飛ぶ有視界飛行のため、谷が雲に埋まると運航停止となる。ジュムラでは2日間、シミコットでは5日間の足止めを食らった。
   メコノプシス・パニクラータ subsp. プセウドレギア
   (Meconopsis paniculata subsp. pseudoregia)
   
  ジュムラ空港で4WDを雇い、ララ湖国立公園に続く山道を川に沿って登る。峠の手前の斜面に黄金色の花をつけた1.2mほどのスレンダーな花が10株ほど立っていた。ヒマラヤで広く見られるM・パニクラータによく似ているが、パニクラータの分布域はネパール中部までで、このあたりにはないはずだと思い、車から降りて近寄ってみる。よく見ると雌しべの柱頭が黄緑色で葉には粗い鋸歯。パニクラータの柱頭は紫褐色で葉は羽状に切れ込んでいて、これとは異なることから、亜種のプセウドレギアとわかった。メコノプシス・レギアに似た、という意味だが、M・レギアにはこの後、ラムジュンヒマールで対面することになる。
    柱頭 葉   
 プセウドレギア  
 パニクラータ  
31年前の1991年8月初め、故吉田外司夫氏は西ネパールトレッキングの仕上げとして、この峠を越えてララ湖に向かった。このプセウドレギを見ているかもしれない。
 (ダフェ・ラグナの南 標高3450m)

メコノプシス・グランディスの仲間
(subsp. ジュムラエンシス?)
(Meconopsis aff. grandis) (subsp. jumlaensis?)

ダフェ・ラグナ峠に着き、2008年に植物考古学者の能城修一氏が撮ったジュムラエンシスの写真を茶屋にいた付近の放牧者に見せると、咲いている場所を知っているというので案内してもらう。車道から急斜面を降りた小川のほとりにある大岩の陰に5、6株が密生していた。そのうち、2株が花をつけ、残りは既に果実になっていた。今年は花が早いという。
花までの高さは約1m、花径は10㎝、基部の根生葉は長さ20cm、幅6㎝と大きい。葉や果実に毛は少ない。
   (ダフェ・ラグナの北)
 標高3440m
 根生葉 果実    

ここで疑問が生じた・・・大きすぎる。これはジュムラエンシスか?
グレイ・ウィルソンの青いケシモノグラム「The Genus Moconopis」では、ジュムラエンシスの丈は35㎝以下で、根生葉は2.7cm以下で幅は細い、とある。ではこの花は・・・サイズから言えば基準種のグランディスに近いが、グランディスの根生葉は幅が狭いので違う。

これまでM・グランディスは東ネパールのカンチェンジュンガやトプケゴーラ、チベット・エベレストの東、カンシュン谷で見たが、一番近いカンシュン谷でも500km以上離れている。しかもその間にグランディスに近い種はまだ見つかっていない。
この花が亜種のジュムラエンシスでないのであれば、基準種のグランディスか?それとも新亜種か?
(トプケゴーラで) (カンシュン谷で) 
 撮影後、能城氏が採取した峠の南斜面へ行き、探した。残念ならが花の付いた株は見つけられなかったが、来年咲くと思われる幼生が一株見つかった。葉の形や大きさから見れば能城氏が撮った花に近い。

どうもこの峠にはグランディス系の青いケシが2種あるようだ。もう一度来て調べる必要あり。

余談だが、撮影が終わった後、案内してくれた牧夫は若い果実をポッキっと折って、そのまま口に入れた。ヤギが青いケシの果実を食うことは知られているが、人間が食べるのは初めて見た。
 
(能城氏が撮影したジュムラエンシス:
「The Genus Moconopis」より)
 能城氏の採取場所近くで見つけた幼生。  

ジュムラエンシスにはもうひとつ因縁がある。植物写真家の梅沢俊氏は長年この青いケシを追い求めていて、自生地まで確認していた。しかし、コロナのため撮影に行けないままであった。そのため、故吉田氏から「(撮るのは)梅沢さんに先を譲って」と言われていた。今回ジュムラを訪ねるにあたり、梅沢さんに「先に見ることになるかもしれない」と手紙を出しておいたが、この花がジュムラエンシスではないようなので、気持ちが楽になったもののすこし複雑な心境だ。

峠の周辺で見た花々
ポテンティラ・アルギロフィラ・アトロサングイネア (バラ科)  マハランガ・ベルキュロサ
(ムラサキ科)
 ペディクラリス・クロツキー
(ゴマノハグサ科)
アリサエマ・グリフィシー
(サトイモ科) 

ネパールガンジで体温を超える酷暑や左の手で作った生サラダ、そして急激な高所移動による高山病が重なり、体調を崩す。激しい下痢や38℃を超す高熱・・・コロナ感染を疑ったが、帰りの飛行機を待つ間、ひたすら静養に務めた。やや回復したものの、重い体を引きづり最西北端の町、シミコットへ向かう。

 シミコット飛行場と街並み

シミコットはフムラ郡の中心地で、標高2900mにある。外部との交通はジュムラからの断崖道と航空路しかなく、谷が雲に埋まると欠航となる。長いと2週間ほど飛ばないという。そうなるとホテルの食事から肉が消える。
滑走路は500mと短いが、台地の上にあるので谷風を使って浮きあがり、谷に沿って(青い線)飛ぶ。幹線であるカトマンズ-ネパールガンジ線以外の山間部のローカル空港はこうした造りになっている。
滑走路の右手の空き地は、ヒンズー教徒がカイラス参詣をする際のキャンプ地になる。かれらはインドからヘリコプターでシミコットへやってきて、国境近くの聖地でカイラス山に向かって礼拝する。
 
  メコノプシス・シミコテンシス
 (Meconopsis simikotensis)

シミコットの街の裏山に登る。頂上部に近づくと岩山になる。岩山のがけ下の風除けとなる場所にたくさんの蕾を茎の周りに付けたシミコテンシスが佇んでいた。その姿は多数の乳房を持つギリシャの豊穣の女神「エペソスのアルテミス」のようであった。
カイラス街道の山に咲く花は、街道に沿って国境まで点々と連なり、巡礼者をカイラスへ誘う道標になっている。

   (標高3850m) 
M・シミコテンシスは青いケシ属の中で、ディスコギネ亜属に分類される。この亜属の特徴は、果実の頭部(花柱)がディスク状(円盤状)に広がる。ネパールのM・ディスキゲラとM・ピンナティフォリア、ブータンのM・ブータニカ、チベットのM・トルクァタとM・チベチカがこの亜属に入る。
ディスキゲラ ピンナティフォリア  ブータニカ  トルクァタ
 チベチカ  
 果実の形
前述の能城氏は2008年にこの花を見ている。グレイ・ウィルソンの「The Genus Moconopis」に掲載されたその時の写真を見ると、地元の案内人がシミコテンシスを手にしている。自生地まで来れない依頼人のために、親切心から抜いて持ち帰ったのだろう。希少種保護のために好ましいことでない。今回も同じことが起きた。シミコットに着いた日の午後、ホテルの従業員の案内で自生地に向かった。従業員とL氏は自生地に到達したが、体調が回復していない私は途中の放牧地でへばっていた。夕方、戻ってきた従業員の手には1mもある立派なシミコテンシスがあった。計測をした後、近くの岩陰に埋めたが、2日後に登った時、ヤギに食べられていた。お陰でこの花を本来の姿で撮ることはできなかった。
翌日は帰路につく予定であったが、幸い(!)飛行機が5日間飛ばず、その間静養したおかげで体力が回復したので再び自生地を訪れた。花の写真はその時撮ったものである。
今回のシミコテンシス探索は2008年の能城氏の記録を基に自生地を見つけたが、このほか、L氏は周辺の山に登って別の自生地を見つけたし、ホテルで会った国境近くのヤルバン・ゴンパの僧は裏山に咲いているシミコテンシスをスマホで見せてくれた。この地域には他にM・ロブスタやM・チェンケリエンシスなど未見の青いケシがある。天候の影響を避けるため4WDなどで陸路による探索を行ってみたい。新たな青いケシが見つかる可能性もある。
 
他にないかと周囲を探すと、シミコテンシスが咲いていた岩山の端の岩棚の陰に青い花を付けた株がちらりと見える。足を踏み外せば30mは落下する(サングラスが岩に当たり、身代わりに落ちていった)幅30㎝ほどの岩棚をたどり、近くへ寄ると、岩の間にひっそりと全長30㎝ほどの青いケシがあった。一見するとM・ホリデュラのように見えるが、
1.一つの茎にいくつも花が付く(ラケモサ)
2.葉に切れ込みや縁が波打っている   ことからホリデュラとも言い切れない。
ホリデュラは青海省からネパール西端まで広い生育域を持つので、ホリデュラの亜種または変種かもしれない。
メコノプシス・
ホリデュラの仲間

(Meconopsis aff.
horridula)
(果実)


   (葉)
シミコットで見た花々
 イリス・デコラ(アヤメ科)  ステレラ・カマエヤスメ(ジンチョウゲ科)  アリサエマ・フラブム(サトイモ科)

西ネパールは乾燥しているためマメ科の花が多く見られる。  
アストラガルス・オキシオドン スポンギオカルペラ・プルプレア ヘディサルム・クマオネンセ
 

ラムジュンヒマールはアンナプルナ山群の東端に位置し、マルシャンディー川を挟んでマナスル山群と対峙する。最高峰はラムジュン・カイラスで標高6983m、1974年にイギリス隊によって初登頂されている。マナスルの展望台として格好のコースだが、途中に宿はなく、のぼりが険しいでことからもっぱら放牧者が利用するだけで、訪れるトレッカーは少ない。また、この地域に入って研究してる植物学者はほとんどなく、その植生もあまり知られていない。
2013年、梅沢俊氏はM・ラムジュンゲンシスとM・グラキリペスを求めて、西のシクリスから入山し、東へ横断してブルブレに降りるコースをとった。求めていた2種は見つけられなかったが、大型の青いケシ、メコノプシス・レギアの群落をカメラに収めている。その時の記録を参考にして南北に縦断するコースにした。また、モンスーン豪雨による土砂崩れの影響を最小限にするため、北のチマンからトレッキングを開始した。トレッキング中にチマンまでの自動車道は土砂崩れで通行不能になり、ルート選択は正解だった。

登山口のチマンから最初のキャンプ地ダンフェ・ダンダ(標高3900m)までは苔がうっそうと生えた雲霧林の中を登る。ランや湿った場所を好む花々が長い登りの疲れを癒してくれる。森林限界に近づくと最初の青いケシも現れ、着いたキャンプ地はサクラソウの群落の中だった。午後から雨となったが幸い山ビルは現れなかった。

サルメンエビネ
(Calanthe tricarnata)
 いずれもラン科でヒマラヤではよく見る。日本でも同種、または近い種が見られる。

カランテ・アルピナ
(Calanthe alpina)
   ペディクラリスの仲間
(Pedicularis sp. ゴマノハグサ科)

横向きにピンクの花をつける。
通常この仲間は森林限界より
上の草地に多いが、林間では
珍しい。初見の花だ。

 (標高2940m)
 
(花を拡大)
 サルビア・ヒアンス
(Salvia hians: シソ科)

アキギリの仲間。日本にも近い種があるが、花は黄色。
 キケマンの仲間
(Corydalis sp.:ケシ科)
マンネングサの仲間(Sedum sp.) ミヤマオダマキの仲間 (Aquigilea sp.) ナルコユリの仲間 (Polygonatum sp.)
  プリムラ・ストゥアルティー
(Primula stuartii)
 サクラソウ科

リュウキンカ(Caltha)とともに水が流れるキャンプ地を埋めていた。

(ダンフェ・ダンダ:標高3900m)
         流れの傍に
 プリムラ・オブリクア
 (Primula obliqua)
何度かネパールを歩いてきたが、初めて見る未知の花があった。科名さえも想像できない。

東京大学総合研究博物館の池田先生に教えてもらいました。

 ビストルタ・アンプレキシカウリス
(Bistorta amplexicaulis var. amplexicaulis:タデ科)

    (標高3000m付近)

一夜明けると絶好の快晴。雲海の上にカングル(6,981m)からネムジュン(7,140m)、中島健郎氏も参加した日本山岳会青年隊が初登頂したパンバリ・ヒマール(6,778m)そしてマナスル前衛峰のラルケ(6,249m)と白い峰々が並ぶ。まさに神々の台座だ。

ナムン峠に向かって急勾配だが、よく整備された石積みの階段道が続く。道の両側は花畑だ。
   

早速、青いケシが現れる。
   メコノプシス・シンプリキフォリア
   (Meconopsis simpliciforia)
葉の縁がなめらかな全縁(simple)だからこの名が付いたが、ネパール中部の種は、縁がやや波打っているか、粗い鋸歯がある。

 (葉) 


(標高3950m)
ビストルタ・アフィニス
(Bistolta affinis:タデ科)

峠に向かう道の両側に大きな群落を作り、まるで赤い絨毯を敷いたようだ。
空の青、雪の白、花の赤と大変カラフルな風景が広がる。

ビストルタ・マクロフィラ
(Bistorta macrophylla:タデ科)
   
←いつも上向き
ポテンティラ・アリスタータ ?
(Potentila aristata:バラ科)

雨粒で花粉を飛ばし、受粉する。
いつも下向き →
ゲウム・エラトゥム
(Geum elatum.::バラ科)

大切な花粉を雨から守る。
 ペディクラリス・プンクタータ
(Pedicularis punctata:ゴマノハグサ科)

上唇についたくちばしは螺旋状に巻いていて、どことなくピンクの子象の顔に見える。

 左のピンクの花は
 ゲラニュウム・ポリアンテス
 (Geranium polyanthes:フウロソウ科)
   

      (標高:4230m)
 
リグラリア・フッケリ
(Ligularia hookeri:キク科)
 
メタカラコウの仲間。前日登って来た林間に日本のオタカラコウと同種があった。

          (標高:4150m)

リグラリア・フィシェリ
(Ligularia fischeri)

ゲラニウム・レフラクツム
(Geranium refractum:フウロソウ科)
花弁が反り返り、柱頭が飛び出す。虫へのプレゼンスは高くなる。
 
エビロビウム・ワキアヌム→
(Epilobium wallichianum:アカバナ科)
ヤナギランの仲間。雪崩の跡などで一番先に広がるパイオニア植物。
    ネペタ・ラミオプシス
 (Nepeta lamiopsisi:シソ科)

一つ目の峠(ダンフェ・パス:標高4280m)を超えるとヤクの放牧地が眼下に広がる。ゴマ粒のようなヤクがのんびりと草を食んでいる。周囲は岩だらけの荒涼とした風景に変わり、その先にはこのルートの最高地点ナムン峠が待っている。

高度が高くなり、生育環境が厳しくなると植生も変わる。サクラソウなど寒さに強い種やマット状に生える植物が現れる。
  プリムラ・テヌイロバ
 (Primula tenuiloba:サクラソウ科)

  (標高:4680m)
 ←
プリムラ・ワリキアナに近い種
(Primula aff. wallichiana)

ワリキアナは花弁が紫色。
 プリムラの仲間→
(Primula sp.)

凍結を避けるため押し競饅頭。
 
アデノフォリア・ヒマラヤナ
(Adenopholia himaralayana:キキョウ科) 
アンドロサケ・ロブスタ
(Andorosace robusta:サクラソウ科)
 ジプソフィラ・セラスティオイデス
 (Gypsophila cerastioides:ナデシコ科)
トリゴノティス・ロウツンジフォリア
 (Torigonotis rotumdifolia:ムラサキ科)

日本のキュウリグサの仲間。葉を揉むとキュウリの香りがするという。
サクシフラガ・カベアナ →
(Saxifraga caveana:ユキノシタ科)

サクシフラガは水の少ない岩場で生き延びるために赤い走出枝を伸ばす。

高地は気圧が低いため、乾燥する。葉に水分をためることができる多肉植物のみが生育可能となる。  
   ロデオラ・クレニティー(雄株)
(Rhodeola crenitii:ベンケイソウ科)
 ロデオラ・インブリカタ(雄株)
(Rhodeola cimbricata:ベンケイソウ科)
 
 (標高:4830m)
 コリダリス・ゴバニアナ (Corydalis govaniana:ケシ科)背後の山はマナスル3山。マナスル、P29、ヒマルチュリ。
 
 標高4850mのナムン峠に到着。
   峠の上の岩山
そこで待っていたのは。
  メコノプシス・ホリデュラ
 (Meconopsis horridula:ケシ科)

青いケシの代表格で、基準亜種は1つの茎に1個の花が付く。
シミコットのホリデュラに似た種と比べてみてください。

    (クリックすると拡大)

    (標高:4890m)
峠からは花崗岩が壊れたザクザクの急坂を下る。午後は雨になることが多い時期だが、夕方まで降られず難所を通過できた。一気に800mを下るとヤクが放牧されている草地となる。大岩の傍にパニクラータのような黄色い花を付けた大型の青いケシが出現。葉を見ると・・・切れ込みがない。
         (根生葉)
メコノプシス・レギア 
(Meconopsis regia:ケシ科)

背丈は1m~1.2mほど。お顔のサイズ(花径)は10cm位。青いケシ界の10頭身美人だ。

M・パニクラータとの違いは
・パニクラータよりやや小さい
・葉に切れ込みがない
・雌しべの柱頭が黄緑色(パニクラータは紫褐色)

上部に氷河の末端が見えるが、水の流れる沢(伏流水を含めて)沿いに分布する。
  

  (標高:4140m)

   (沢下流の群落)

そのほか、峠越えで見た花
ウチョウランに似た種
(Ponerochis aff.qusuaラン科) 

ウチョウランにある側花弁が見えない。別種か?
    (標高:4110m)
 ポネロキシス・クスワ
(Ponerochis qusua)

800mも下のトルチュとサフルンの間で見た花。こちらには側花弁が付いている。

(標高:3330m)
 
アネモネ・ルピコラ
(Anemone rupicola)
キンポウゲ科 
イチリンソウの仲間。丈は短い。
白い花弁のように見えるのが萼片。キンポウゲ科の花は花弁を持たないかあっても目立たない種が多い。

     (標高:4470m)
ベロニカ・ヒマラレンシス
 (Veronica himalensis)
  ゴマノハグサ科

クワガタソウやイヌノフグリの仲間。

 (標高:4120m)
 

越えてきたナムン峠を振り返る  
   
 
トルチェはこのコースの中で最大の放牧地。複数のヤクオーナーから委託を受けた牧夫が夏の間だけヤクを放牧している。放牧の合間に、冬虫夏草採りの副業もこなす。牧夫にラムジュンゲンシスに似た種の写真を見せると見たことがあるという。彼を案内人にして出発する。
メコノプシス・ベラ
(Meconopsis bella
:ケシ科)

崖の中腹に咲くことが多く、撮影は苦労する。この時も、案内人に確保してもらって何とか撮影できた。

  (標高:4280m)

これから先は下るばかりで登りはないという最後の峠を越えると…再び
 M・ホリデュラ

ナムン峠で見たのと同種。

(標高:4380m)
 M・シンプリキフォリア

今回のトレッキングで出会った中で飛び切り美人のシンプリキフォリア姉妹。

 (標高:4250m)
 M・レギア

霧の中、点々と見える。斜面の中央に流れがある。


  (標高:3810m)

土砂の流れた跡地に2mを超すひょろ長い青いケシが5~6株立っていた。葉には切れ込みがあるので、M・パニクラータかと思ったが、柱頭は黄緑色だ。このHPの一番上に掲載したM・パニクラータの亜種、プセウドレギアに似ているが、ここラムジュンヒマールはプセウドレギアの生育域から東に外れている。花の雰囲気はパニクラータに近い。今、新たな交雑種が生まれつつあるのかもしれない。
あえて名前を付けるとしたら・・・



(仮称)
メコノプシス・レギア
subsp. プセウドパニクラータ

            (葉)
(クリックで拡大) 

  (標高:3680m)

その日のキャンプ地、サフルンに向かって下る。崩壊地を乗り越えたところでトーキーが鳴る。トレッキング直前に体調を壊して、最後尾をゆっくりと歩いていたL氏から「珍しいメコノプシスを見つけた」と連絡が入る。疲れていたし、難所を越したばかりだったので「後で写真を見せてもらう」と答えたものの、気が騒ぎ、ザックを置いて急いで戻る。300mほど戻るとL氏が道端に座り、傍らの草むらを指さしている。その指の先には
丈が15cmほどの小さな花。1㎝ほどの淡い青紫色花をつけている。花の中をよく見ると、突き出た花柱を持つ雌しべと黄色花粉をつけた雄しべ。青いケシと同じ花の構造だ。
  
茎にはまばらに毛が生えている。
茎の根元に葉は見えないが、中ほどから茎生葉が1枚出ている。(右の写真の黄色の円内。クリックすると拡大)

1994年東京大学植物学研究室が行ったガネッシュヒマール探索で発見され、新種記載されたメコノプシス・ブルビリフェラによく似ている。発見場所はガネッシュヒマールから直線距離で80kmほどなので、同じ生息域と見てよいだろう。

  メコノプシス・ブルビリフェラに似た種
(Meconopsis aff. bulibilifera)

30mほど離れたところにあった株。丈は20㎝ほど。2~3枚の茎生葉が見える。

東大植物研究室に同定を依頼中。

  (標高:3670m)
ヒマラヤ南縁でもっとも多く見られる青いケシは、M・パニクラータだが、アンナプルナ・ラムジュンヒマールは分布域の西端に当たる。いわば辺境である。辺境では他種との交雑種や特殊な生態が見られることが多い。そんなパニクラータに出会った。
メコノプシス・パニクラータ
(Meconopsis paniculata:ケシ科)

普通のパニクラータであるが、変わっているのはその高さ。
前述のグレイ・ウィルソンの「The Genus Moconopis」には・・・
「丈は2.5mまでになるが、普通は1~1.5mである」と説明があるが、
これは3mを越えていた。これまで記録された青いケシの中で最大であろう。

1.3mのトレッキングポールを2本繋いでも届かなかった。(右図)

(標高:3530m)
最小の青いケシと最大の青いケシが同居するラムジュンヒマールは植生が豊かで、もっと注目されてよい場所だ。

残念ながらM・ラムジュンゲンシスとM・グラキリス(既にこの山域から消滅したかもしれない)は見つけられなかったが、6種の青いケシに出会えた。そのうち、2種は初見であった。これもひとえに同行したL氏の、鷹の目にも似た鋭い観察眼のお陰である。感謝したい。

トルチュからの道は「青いケシ街道」と呼んでいいほど青いケシが多い道だったが、他にも足を止める花々がたくさんあった。
草地一杯、埋め尽くしていた。

   (標高:4340m)
ロイデア・フラボノタンス
(Lloydia.flavonutans:ユリ科)
ポテンティラ・コリアンドリフォリア
(Potentilla.coriandrifolia:バラ科)
 ←  ノトトリオン・ブルブリフェラ
 (Notholirion.bulbuliferum:ユリ科)
 1m以上にもなる大形のユリ。

  (標高:3540m)
(標高:3330m)
ロスコエア・アルピナ →
(Roscoea.alpina:ショウガ科)
ランのように見えるが
れっきとしたショウガの仲間。
日本の山で見かける花の仲間も多く、日本とヒマラヤとの連続性を感じさせてくれる。
ペディクラリス・ワリッキー
(Pedicularis wallichii:ゴマノハグサ科
日本のクチバシシオガマに近い。
 ロイディア・ロンギスカパ
(Lloydia longiscapa:ユリ科)
日本のチシマアマナの仲間
フラガリア・ダルトニアナ
(Fragaria daltoniana:バラ科)
日本の草イチゴ。美味しかった。
←ストロビランテス・ワリッキー
 (Strobilanthes wallichii)
 キツネノマゴ科

 日本のイセハナビ
  (標高:3580m)
  (標高:3700m) 
シヌルスの仲間 →
(Synurus sp:キク科)

日本のオヤマボクチ

今回のトレッキングでは野生動物との出会いはなかったが、痕跡は見た。出会いたい相手ではないが…。
インド豹の足跡。足幅10cmほど。 
(標高:3240m)

サフルンで花の旅は終わる。夕刻、霧がわずかに晴れた空にマナスル3山が浮かび上がり、夕日に赤く染まった。
別れを告げているようであった。

トレッキング最終日は朝から激しい雨。山ビルが湧いて出る。ポーターたちと一緒に駆け足で山を下り、昼には下山口、ガレガウに到着。無事トレッキングを終了した。

最後までご覧いただきありがとうございました。

ご案内: 日本山岳会アルパインフォトクラブ写真展

第29回(公益法人)日本山岳会アルパインフォトクラブ写真展「心に映る山々」が下記の通り開催されます。私も今回のネパール花探索で撮った写真を2枚展示します。ご興味がありましたら、ご来場ください。入場料無料。
 日時: 2022年9月21日(水)~9月25日(日) 10:00~18:00 (最終日は16:00まで) 
 場所: 東京都千代田区一番町25 JCIIビル地下1階 (東京メトロ半蔵門線半蔵門駅4番または5番出口から徒歩1分)
 (ご注意:例年と場所が異なります。また、期間も短縮されています)

   
 (クリックすると拡大します) (地図の印刷はここをクリックしてください。PDF文書です)

私の出品作品。
   「カイラスへの道標」 「神々の台座」
   
私は以下の日時に会場にいる予定です。
 9月22日(木) 10:00~14:00   9月23日(金) 14:00~17:00  9月24日(土) 14:00~17:00


お礼: ウクライナ難民支援 ご協力ありがとうございました。

5月1日、国立能楽堂で演じました能「山姥」のビデオを26名の方に購入いただき、その代金40,000円をウクライナ難民支援を行っている国際NPO団体セーブ・ザ・チルドレンに寄付しました。
セーブ・ザ・チルドレンについての詳しいことはここをクリックして、ご参照ください。
セーブ・ザ・チルドレンのウクライナ難民支援活動についてはここをクリックしてください。
寄付された方には来年1月までに寄附金受領証明書が送られてきますので、来年の確定申告でご利用ください。
なお、年末のカレンダー販売での寄付活動ではセーブ・ザ・チルドレンも寄付対象団体に入れる予定です。
(演能の内容はここをクリックしてください)


★私の対ロシア抗戦 経過報告

ロシアがウクライナ東部に侵略してから半年が経ちました。当初、プーチンは「赤子の手をひねる」ようにウクライナを降伏させることができると思っていたでしょうが、意に反してこれだけ長引いているのは、ウクライナ国民の国を守る意志の強さと民主主義国家の支援があるからだと思います。
膠着した状態に「支援疲れ」という声もありますが、ここで大事なのはこの戦争を風化させないこと。無関心が一番の敵です。毎日、罪もない市民が殺されているという事実、遠い他国のことではありません。私たちの隣国の指導者はクレムリンの奥でふんぞり返っている男と同質の人物なのです。

さて、ロシアからの石油・天然ガスの輸入分に相当するエネルギー消費を(対前年で電気を93%、ガスを91%)節減することでロシア抗戦を提唱しました。
5ヶ月間の結果は下表のとおりです。7~8月はネパール行きで1ヶ月間留守にしたため、電気・ガスとも大幅に削減できていますが、電気料金が上がっている折、冷房使用で料金が気になるところです。

(2021年使用量と目標量)


(実際使用量)



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2022.8.26 upload
2022.8.31 revise & update


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