母が金沢の老健施設にいた頃、毎月、見舞いに通っていた。北陸新幹線が開通する前だったので、越後湯沢で在来線特急に乗り換えていた。親不知海岸のトンネルを抜け、富山県に入ると、春先であれば左手に真っ白の雪に覆われた白馬岳が見え、右手には富山湾が広がり、その先に能登半島がのどかに湾曲して伸びている。いつもは山の見える左側の席に座るのだが、ある時、左側の席が埋まっていて右側に座った。何気なく海の方を見ていると、風景がどうもおかしい。目を凝らして見ると、遠くの海岸に立つ建物群の姿がバーコード状に縦に伸びて揺れている。蜃気楼(ミラージュ)だ。列車はすぐ市街地に入り、蜃気楼は目前から消えた。富山県魚津市付近は蜃気楼がよく見られるところで、春先型の蜃気楼と冬型の蜃気楼があるという。
花の世界にも蜃気楼のように現われる植物群がある。雪が融け、木々がまだ葉をつける前の林間に春の陽射しが差し込み始める頃、落葉の下から芽を出し、葉を伸ばして陽光を浴び、可憐な花を開く。そして、頭上の広葉樹が葉を広げだすと、花を閉じ、葉をしばらくは残すものの、いつの間にか地上から姿を消す。落葉の褥(しとね)に潜り込み、来年の春まで長い眠りにつく。これらの植物群は「春の妖精」と言われ、英語でスプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)。短命・儚(はかな)いという意味だが、競争相手や害虫などがいない寒い時期に陽光を独り占めし、競合者や天敵がいる間は、地中でじっくりと栄養を蓄える、なかなかしたたかな植物でもある。ユリ科やキンポウゲ科、ケシ科の花に多い。
この妖精の女王とも言うべき花がカタクリ。万葉集にも詠われ、北海道から九州(沖縄を除く)まで広く分布し、しばしば大群落を作る。古い時代から根を食料として利用してきたためであろう。「季節の花便り」でも何度か紹介してきたので、今回は取り上げず(下の関連ページにリンクを載せているので、参照してください)、代わりにその妹分、バイモ(貝母)の仲間を中心に紹介したい。
春まだ浅き4月初め、四国・徳島に向かった。
 
  トクシマコバイモ (徳島小貝母:ユリ科)
(Fritillaria tokushimensis)

丈が5㎝程で、1㎝ほどの小さな花をつける。
花弁基部に小さい突起があり、編み笠状の模様が付く。
             (徳島県佐那河内村)
   
 (徳島県上勝町-杉林に生える)
日本にはバイモ属(Fritillaria)が8種あるが、クロユリを除いた7種はすべてコバイモで、日本の固有種である。また、6種が絶滅危惧種に指定されている。このトクシマコバイモは最近(2001年)に発見されたもので、いろいろと議論があり、まだ分類学的に定まっていない。

コバイモの特徴は、3枚の葉がヘリコプターの回転翼のように茎頂に付き、そこから花柄が出、編笠模様の外花被を付ける。このため、編笠百合とも称される。
 
  アワコバイモ (阿波小貝母:ユリ科)
(Fritillaria muraiana) 

丈が5㎝ほどで、トクシマコバイモと同じだが、花片は角ばっている。        (徳島県神山町岳人の森)
 
   ちなみに・・・トサコバイモは

なで肩の釣鐘型。形から見ればトクシマコバイモの片親、ともいえそうだ。(http://keiko65.sakura.ne.jpから拝借)

コバイモの生育地は主に西日本で、トクシマコバイモは名の通り徳島県に、アワコバイモは四国のカルスト台地に、トサコバイモは高知や九州に生える。また、(まだ撮影していないが)イズモコバイモは山陰地方、ホソバナコバイモは岡山県である。その他の種は中部や関東で見られる。
徳島からの帰路、三重県の藤原岳に登った。
 ミノコバイモ (美濃小貝母:ユリ科) (Fritillaria japonica) 絶滅危惧II類 (VU)

アワコバイモと同型だが、やや大振りである。岐阜県山県市(美濃地方)で最初に採取されたことからこの名が付いた。石灰石を産出する土地である。藤原岳も山全体が石灰岩でできており、北山麓ではセメントの原料を採掘している。
藤原岳はフクジュソウの自生地で有名。9年前の春にも訪ねたところだ。
 
   
   
カイコバイモ
(甲斐小貝母:ユリ科)
(Fritillaria kaiensis)

花はミノコバイモより撫で肩で、茎丈は10~20㎝と大きい。編笠模様も薄く、以前はシロコバイモと呼ばれていた。

    (東京都八王子市)

そして、唯一、絶滅危惧種に指定されていないのが 
コシノコバイモ (越ノ小貝母:ユリ科)
(Fritillaria kosidzumiana)
(新潟県南魚沼市)
カイコバイモとほぼ同じ大きさ。花は淡緑色がかっていて、内花被片の外縁に小さな突起がある。
越の国(北陸)を中心に、北は山形県まで分布する。

園芸種にバイモ(貝母:Fritillaria verticillata var. thunbergii)がある。茎高は50cm程度あり、コバイモよりはるかに大きい。葉は上部で互生し、先端が反巻する。コバイモ同様、早春に茎頂に2つほどの花を下向きに咲かせる。花被片は淡緑色で6枚。花径は約3cmで鐘状。内側に黒紫色の網目状斑紋を持つ。
江戸時代、中国から漢方薬として渡ってきて、栽培されるようになった。鱗茎を乾燥し、去痰・鎮咳・催乳・鎮痛・止血に用いる。
根(鱗茎)が二枚貝の貝殻に似ていることから貝母と呼ばれた。中国語では浙貝母、原産地が浙江省だろうか。
              
 
 (どちらも世田谷区羽根木公園)

コバイモでないバイモ属はクロユリ。日本には北海道と本州中・北部の高山に各1種の2種が自生する。北海道の花は黒紫色、本州は紫褐色で、癖のある悪臭がする。70年前「黒百合は恋の花~」という歌謡曲(黒百合の歌:作詞:菊田一夫 作曲:古関裕而 )があったが、その3番目に「毒の花、アイヌの神の~」とあるので、エゾクロユリを指したと思われる。
エゾクロユリ (蝦夷黒百合:ユリ科)
(Fritillaria camtschatcensis) 
 
(北海道礼文島)
ミヤマクロユリ(深山黒百合:ユリ科)
(Fritillaria camtschatcensis var. keisukei Makino)

       (南アルプス荒川岳)
   
バイモ属はユーラシア・北アメリカの北半球に130種ほどあるとされる。中国(チベット)やネパール、ブータンでも見た。
フリテラリア・キローサ
(Fritillaria cirrhosa)

黄色が多いが、クロユリのような色の花もある。茎頂の葉が「おばQ」の髪のようで可愛い。

(いずれもブータン・スノーマントレックで)
 フリテラリア・デラバイ
 (Fritillaria delavayi)

石灰岩のガレ場の中で咲く。漢方薬として珍重され、人間にとりつくされつつある。ある近似種の葉や花は周囲の色と同化し、人間の目を逃れるべく進化しているという。

(中国雲南省香格里拉県)
一見、フリテラリアに似ているが、別種で、ユリ属の花(茎頂に3枚の葉がなく、葉の先端が巻かない)。

リリウム・シェリフィアエ
(Lilium sherriffiae)

プラントハンター、ジョージ・シェルフィーの妻、エリザベスから命名された。彼女の夢に現れたというロマンティックな逸話がある。

(ブータン・スノーマントレック)

ユリ科のアマナ属も妖精(エフェメラル)の仲間である。
   
ヒロハアマナ (広葉甘菜:ユリ科) (Amana erythronioides)

学名からもわかるよう日本固有種。葉の中央に白線があり、花茎に3個の苞がつく。絶滅危惧種II類 (VU)。
          (三重県藤原岳)
 
 ↓ こちらは アマナ (Amana edulis)
  葉に白線がなく、苞は一対。
      (滋賀県伊吹山)
  キバナノアマナ 
  (黄花の甘菜:ユリ科)
  (Gagea lutea)

単に色違いでなく、上のアマナとは属も異なる。北海道から本州、中国やヨーロッパまで広く分布する。学名のluteaは「黄色」の意味。

      (北海道礼文島)
上の属の他、日本にはチシマアマナ属(Lloydia)がある。日本では本州北部・北海道に生育するが、
私はまだ見ていない(と思う)。かわりに、この仲間をネパールで見た。
   ロイディア・チベチカ (Lloydia tibetica)

細い葉はチシマアマナ属の特徴である。

(ネパール ゴザインクドへの途中)
 
キンポウゲ科の妖精たちには、フクジュソウやセツブンソウ、ミスミソウなどがある。この妖精たちが多く出現する場所は地質が石灰岩で広葉樹の多い山地。先に挙げた藤原岳や伊吹山、中四国のカルスト台地、秩父山地などセメント会社の採掘場のあるところに多い。
  スハマソウ(洲浜草:キンポウゲ科)
 (Hepatica nobilis var. japonica forma variegata )

ミスミソウの仲間。ミスミソウ属オオミスミソウは3枚の葉がトランプのスペードような形で広がる。先がとがっているから「三角」の和名を持つ。一方が、このスハマソウは、葉先が海浜の洲ような形に丸みを帯びている。

             (藤原岳)  

 オオミスミソウ

葉先が尖っている。

(新潟長岡市)
 
中・四国にはちょっと毛色の変わったスハマソウも咲く。
 ケスハマソウ (毛洲浜草:キンポウゲ科)

 拡大してみると、葉の表面や縁に柔毛が見える。
 だが、実際はなかなか見分けがつかない。
 (画像をクリックすると拡大)

  (徳島県神山町岳人の森)
(フクジュソウやセツブンソウ、ミスミソウなどについては下の関連ページを参照してください)

ケシ科の花ではキケマン属(黄華鬘)が春の舞を見せてくれる。
 
ミヤマキケマン(深山黄華鬘)
(Corydalis pallida var. tenuis)
(石川県白山市一里野)
 ヤマエンゴサク (山延胡索)
(Corydalis lineariloba)
(石川県白山市瀬波)
 エゾエンゴサク (蝦夷延胡索)
(Corydalis fumariifolia ssp. azurea)
(北海道礼文島)
 

「華鬘」とは荘厳に見せるため仏殿にかける仏具、「延胡索」  は月経不順など婦人病に用いられる漢方薬のこと。
ヒマラヤでたくさん見られる。
 
   コリダリス・ゲルダエ
  (Corydalis gerdae)

ブータン西部とチベット・チュンビ谷の狭い範囲の固有種。

チョモラリトレッキングの後半、標高4930mのヤレ・ラに喘ぎながら登っているとき出会った希少種。採取者の恋人の名から命名したとか。

(ブータンリンシ谷)
   

ケシ科のもう一つの属、メコノプシス(青いケシ)にはしばらくお目にかかっていません。今年は3年ぶりに会いに行きます。

今年の春の妖精探しは徳島県上勝町に拠点を置いて、那賀町、神山町、佐那河内村など周辺地域で行った。この地域は中央構造線の南側に当たり、蛇紋岩の露出地があるなど地質的にも変化に富んでいる。このため、植物の多様性も豊かで、天然記念物になっているタヌキノショクダイが見られるほか、ジンリョウユリやベニバナヤマシャクヤクなど絶滅危惧種の宝庫でもある。今年は何度か通うことになりそうである。
徳島市からバスを2本乗り継がないとたどり着けないく上勝町、秘境である。勝浦川の狭い峡谷を遡り、町境のトンネルを抜けると、すり鉢状の盆地に出る。そして目前に満開の桜が広がる。ヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガン、ヤエザクラ・・・一斉に開花する。ソメイヨシノも見劣りするくらいである。杜子春が迷い込んだ桃源郷に来た気分だ。猫の額のように狭い家々の前庭や石垣にも花
が植えられ、町民が花を愛していることが伝わってくる。しかし、それだけならどこにでもある山村の一つでしかない。限界集落を多数抱え、四国で一番小さいこの町が、その他大勢と違っているのはその「活力」と「創意」にある。
かつては林業で栄えたこの町だが、戦後、外材の輸入で国内林業が廃れると、林家は減少。棚田での米作と並んで日当たりのよい斜面でのミカン栽培も盛んであったが、値崩れや病気、高齢化とともに栽培を止める農家が増えた。しかし、その跡地を収量は少ないが単価の高いユズ栽培に切り替えることで、収入を維持できた。だが、周囲の村々がユズ栽培に参入してくると、今度は和食に添える「ツマモノ」であるモミジや南天等の葉っぱを集め、市場に出す「葉っぱビジネス」を始める。今では2億円以上の売り上げとなっている。葉っぱは軽く、作業負担も小さいので高齢者に向いている(彼らは長年の経験でどこに植わっているか知っている)。80歳の高齢者でも参加でき、現金を手にできる。そのうえ、坂道の上り下りで健康寿命を延ばすことができる。この話を元に映画「人生、いろどり」(監督:御法川修、脚本:西口典子)ができた。オール上勝町ロケで、吉行和子、富司純子、中尾ミエの往年の大女優が出演する。
公式ホームページ(https://www.amuse-s-e.co.jp/irodori/introduction.html)
映画の効果もあってか、上勝町の認知度は上がる。そこで町はもう一手を打つ。環境対策としてユニークなごみ分別法を始める。45種の分別と「?」形の集積所が、SDGsとして若者の関心を集め、町への移住者が増え始めた。移住者は観光事業を始めたり、地域おこし協力隊として地元産業の振興に関わっている。しかし、高齢化の流れは止まった訳でなく、町の将来については楽観を許されない。だが、これまでいくつもの苦難を創意工夫で乗り越えてきた地力で、新しい解決策を見つけるのではと期待する。

最後までご覧いただきありがとうございました。

商品のご紹介: 上勝阿波晩茶

上勝町の住民が健康で元気なのは、もうひとつ理由がある。それは住民が普段、阿波晩茶と呼ばれる地元の農家で代々作られてきたお茶を飲んでいるからではないかと思う。(初夏に新葉を機械で摘み、裁断し、乾燥させる緑茶ではなく)夏まで葉を育て、成熟した葉を手摘みし、樽に付け込んで乳酸発酵させた茶である。葉をそのまま湯に入れて、エッセンスを抽出する。中国茶の高級ウーロン茶に近い色で、軽い酸味のある爽やかな味だ。
私も少量買い求めて、お麦茶代わりに飲んでみた。すると…血圧が下がり始めた。1年ほど前から血圧が160mmHg近くまで上がり、降圧剤を飲んでいたが、なかなか下がらなかった。それがこの晩茶を飲み始めて1ヶ月ほどで120mmHgを切るようになり、低位で安定している。体質に合ったのか、降圧剤との取り合わせがよかったのかわからない。疫学的なエビデンスはないが、住民も高血圧の人は多くないという。
町も振興策の一環として、上勝阿波晩茶の生産・販売に力を入れている。上勝阿波晩茶協会を立ち上げ、県外からの移住者が生産に従事している。その一人が、海外の花ツアーでお世話になったアルパイン・ネイチャリングクラブの元社員、松本聡子さんだ。2年前、地域おこし協力隊として単身移り住み、今ではすっかり地元に根付いている。
(空き家を改造した阿波晩茶協会) (茶葉をする茶すり機)

販売は樽売りが基本だが、パック詰めの小分け売りも可能で、1袋8~16パック入りで700円(税別:1パックの茶葉量にばらつきがあります)で購入できる。
また、無料サンプル品も提供してもらえるので、興味のある方はkamikatsuawabanchakyokai@kkcatv.jpまで問い合わせてください。

(上勝阿波晩茶のパンフレット)-画像をクリックするとPDFファイルが出ます。


能「山姥」を演じました。

先にご案内の通り、5月1日、国立能楽堂で「山姥」を演能しました。1時間40分の長丁場でしたが、しっかりと舞い終えることができました。最近亡くなった友人たち、コロナ感染で亡くなった方そしてウクライナ戦争での被害者への追悼の念をもって舞いました。
 演能の内容はここをクリックしてください。


★私の対ロシア抗戦記 経過報告

ウクライナ東部ではロシア侵略軍の攻勢が続き、マリウポリが陥落、ルガンスク州の要衝都市セベロドネツクも風前の灯火状態です。ゼレンスキー大統領は最新武器の支援を求めていますが、欧米の対応は遅いようです。平和国家である日本としては武器支援ができませんが、経済的な支援やロシアからの石油や天然ガスを禁輸することにより軍事費圧迫は可能です。
前回の花便りで、ロシアからの石油・天然ガスの輸入分に相当するエネルギー消費を(対前年で電気を93%、ガスを91%)節減することでロシア抗戦を提唱しました。
3ヶ月の結果は下表のとおりです。電気については順調に削減できていますが、ガスについては東部戦線同様、昨年の使用量と変わらず厳しい戦いを強いられています。
これからの暑い夏、冷房などの電力消費が増える時期ですが、熱中症に気を付けながら、さらに削減努力を続けます。



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