元日の能登半島地震で亡くなられた方に哀悼を捧げます。また、被災され、避難されている皆様の一刻も早い復旧をお祈りするとともに、暖かい支援の手が届くことを切望します。 |
中国を西から東に二つの大河、黄河と長江(揚子江)が流れる。ともにチベット高原に源を発し、一方は北に蛇行して黄海に注ぎ、もう一方は南に湾曲し、東シナ海に流れる。流域には文明や稲作が生まれ、ともに人々の暮らしに密接に関わってきた。そして政治や歴史の変遷にも大きな影響を及ぼしてきた。この大河を抜きにしては中国は語れない。
昨年(2023年)、中国への個人旅行が4年ぶりに解禁となったのを機に、6月下旬から1ヶ月間、四川省北西部から雲南省北部、そして青海省・甘粛省の南部へと青いケシを求めて旅をした。北は甘粛省で黄河河畔に立ち、南は雲南省で長江を越えた。その間の直線距離は東京-福岡間に等しい900km、全行程5,000kmを超える旅であった。
今回の旅では、青いケシ研究会の元代表、故吉田外司夫氏が最晩年に見つけた新種の青いケシを含めて、30種近いの青いケシを観察できた。また、天候にも恵まれ、この季節ではなかなかお眼にかかれない山々を展望することができた。
斜線部を拡大。
赤い線は今回のルート。番号は巡った順。 |
則尔山(ゼアルシャン)①⑩ |
10年前(2013)初めて中国で青いケシを探索した際、訪ねた山。その時は南東の麓から登った。今回は、その後見つかった新種を探して、北西にある湾坝(ワンバ)彝(イ)族郷から、牧童たちのバイクの後を追って上った。
旅の後半、雲南省からの帰りには、前回見ることができなかった花を探して再び南東の冶勒(ヤレ)自然保護区からアプローチした。石灰岩の山で、頂上付近にはレアアースを採掘する鉱山がある。
谷の入口にはゲートが設けられ、入園料を徴収するようになっていた。以前は集落でトラック一台しかなかったが、今は各家の前に乗用車が並んでいた。 |
|
帰路に南東から上った時、撮影。 |
|
|
|
メコノプシス・ワンバエンシス
Meconopsis wanbaensis Tosh.Yoshida
|
|
黄色い花弁がフリルを付けたように波打っている。名前は地名からとられた。
M・インテグリフォリアの仲間で、四川省ではこの他、基準亜種のM.インテグリフォリアsubsp.インテグリフォリアとM.インテグリフォリアsubsp.スーリエイがある。雲南省でも同じ系列が3種ある(後述)。
右は若い蒴果。
(標高3700m) |
|
|
メコノプシス・プルケラ・メラナンテラ
Meconopsis pulchella var. melanantela Tosh.Yoshida |
上記のM・ワンバエンシスと同じ場所で咲く。基準変種のM・プルケラはこの山の反対側で咲いている。基準変種との違いは、剛毛の基部が黒くならず、葯に黒紫色がはいる。
丈は15㎝ほどと小さい。学名は「美しい・かわいい」を意味するラテン語から。
(標高3700m) |
|
|
花の拡大図 |
|
|
谷の向こうにミニアコンガ(標高7556 m)山群の白い尖峰を望む。 サクラソウ(中国語では報春-春を告げる花) |
3週間後、雲南省からの帰路にM・プルケラの基準変種を探しに、再び南から4000m地点まで登るが、残念ながら見つけることができなかった。途中、前回見たM・ウィルソニーはあったものの、以前より数を減らしていた。 |
|
|
メコノプシス・ ウィルソニー
Meconopsis wilsonii Grey-Wilson
丈は2mにも達する。ライラック色の花を円錐花序にびっしりとつける。
屋久島のウィルソン株で知られる英国人プラントハンター、アーネスト・ウィルソンが1907年に発見した。
(標高3660m) |
|
|
10年前は成都から康定(カンディン)まで350kmを行くのに丸1日かかった。今回は、4時間で着き、更に200km先の炉霍(ルフオ)県まで長駆した。西部大開発による高速道の整備やトンネル工事のお陰であるが、人口が4万人ほどの県に、片側3車線の立派な道路が通っていた。行きすぎた投資が経済停滞を招き、若年者の失業につながっているように見える。
車窓から5000~6000mクラスの山々の姿を楽しむことができた。(クリックで拡大) |
|
|
|
蓮華夕照(レンフアシーザオ)連山 |
田海子山(ラモシェ) |
雅拉(ヤラ)神山 |
|
成都の南西120kmに位置する雅安(ヤーアン)は雨の多いところで「雨城」といわれている。この雨のお陰で良質の茶葉が育ち、「蒙尾山(モンウェイシャン)」など銘茶も多い。チベットで愛飲されるバター茶はここで作られた茶葉が人馬の背に背負われて「茶葉古道」を通り、運ばれたものだ。雅安はその起点で、川蔵公路の要衝だ。公路は甘孜(ガンズ)-徳格(デゲ)-昌都(チャムド)-那曲(ナチュ)-拉薩(ラサ)に通じる川蔵北路と理塘(リタン)-芒康(マルガン)-然烏(ランウ)-林芝(リンジ)-拉薩の川蔵南路の2本ある。今回は川蔵北路を通って徳格まで行き、さらに南に下り、川蔵南路を通って理塘へ出、雲南省に向かった。 |
老折山(ラオゼシャン)② |
|
メコノプシス・ウェンダエンシス
Meconpsis wengdaensis Tosh. Yoshida & H. Sun
故吉田氏が2016年に老折山峠で見つけた青いケシ。
高さは15~30cm。花は総状花序に2~3個つく。花弁は4~8枚で、変化が多い。葉は基部に生え、剛毛は少ない。
沢筋など水気の多い場所や低木やブッシュの中に生える。
この花の名は、老折山峠のある翁達(Wengda)県の名から付けられた。
(標高4150m) |
|
この峠では他に何種かの青いケシを見た。 |
|
メコノプシス・ラケモサ
Meconopsis racemosa Maxim
高さ20cm~50cm、葯は黄色い。
四川省北部から甘粛省、青海省南部にかけて分布する。この仲間には、M・ホリデュラ、M・プラッティなどがあり、それぞれ隣接していて、その境界では見分けがつきにくい。
(標高4150m) |
|
ラケモサは総状花序の意味だが、通常の総状花序は下部から開花してゆくが、本種は上部から開花する。また、通常は主茎の葉腋から花茎が出るが、本種は茎から直接花茎が出る。
そういう点から見ると、本種の名として「ラケモサ」は適切な名称とは思えない。 |
|
|
メコノプシス・インテグリフォリア
Meconopsis integrifolia subsp. integrifolia Franch.
M・インテグリフォリアの基準亜種。この仲間は葉は細長く、全縁(鋸歯がない)。四川省北部から青海省、甘粛省にかけて分布する。
川蔵北路周辺には本種が多いが、川蔵南路まで南下すると、亜種のスーリエイに取って代わる。
右の花は、1kmほど離れた場所で見たものだが、葉は長く、勢いがあり、別亜種のように見える。
(標高4150m)
|
|
|
|
赤い提灯を垂らしたような。赤は中国人の大好きな色だ。
メコノプシス・プニケア
Meconopsis punicea Maxim
青いケシ界で唯一の真紅の花を付ける。
四川省北部でよく見られるポピュラーな青いケシである。 |
|
|
|
甘孜から徳格まで川蔵北路に沿って、「ここはスイス・アルプスか?」と見まがうばかりの岩峰が続く。(クリックで拡大) |
|
|
|
卡瓦洛日(カワロリ 標高5992m 未踏峰) |
|
卓達拉山(ゾウダラシャン 標高5690m) |
|
|
|
岡嘎山群 (コンガ山群 標高: 5688m) |
|
雀儿山(チョラシャン 標高: 6168m) |
|
|
徳格海子山(デゲハイズシャン)③ |
|
|
メコノプシス・プラッ ティ
Meconopsis prattii Prain
前述したようにM・ラケモサと区別するのは難しい。 強いて言えば、葯の色が白く、蕾が密集していることか。生育地はM・ラケモサより南、後述するM・ルディスより北である。
命名は英国の植物学者D・プレインで、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した。本来はインド・ネパールの植物を研究していたが、雲南省の植物を研究していたフランス人研究者A.R.フランシェから標本を譲り受け、インド・ネパールと中国の青いケシを総合的に研究した人物である。彼が命名した青いケシは20種を超える。
(標高 4370m) |
メコノプシス・トリコギナ
Meconpsis trichogyna Tosh. Yoshida & H. Sun |
高さは15~20cmと低いが、花は直径5cmと高さの割に大きい。地面から出た花茎に1個の花が付く1茎1花(スカポーズ)だが、茎の合着した株もある。
風が吹き抜けるなだらかな草地に生える。
trichogyneは英語で抜毛症または受精毛という意味だが、本種では何を指しているのか不明だ。
(標高 4590m) |
|
|
|
徳格海子山は川蔵北路から北へ分かれて青海省の玉樹へ行く道に入った最初の峠。四川省や雲南省で海子山と呼ばれる山は無数にあるが、頂上部が平らで、海のように広いためであろう。こうした場所ではヤクや牛の放牧がおこなわれている。
峠の下にはトンネルが掘られ、通行は便利になったが、峠道は廃道となり、補修されないため至る所で道路陥没や法面崩落があり、青いケシの観察はますます困難になってゆく。 |
|
徳格には印経院があり、木版でチベット経典や医学書などを刷っている。ルンタに刷られる経文はここの版木から作られる。
ここから長江に沿って南へ下り、白玉県で長江と別れ、甘白路(カンバイルー)に入り、甘孜に戻るコースをとる。 |
|
徳格から1時間ほど走ると長江(揚子江:この辺りは金沙江)に出る。チベット高原の土砂を運んだ濁った水が滔々と流れていた。
河の向こうはチベット。大岩に「西蔵」と朱書きされている。入域許可がないとは渡れない。 |
|
|
甘白路峠・卓達拉峠④ 剪子湾山(ゼンズワンシャン)・卡子拉山(カズラシャン)⑤ |
|
|
メコノプシス・イナペルタ
Meconopsis inaperta Tosh. Yoshida & H. Sun
四川省北部の世界遺産、黄龍で見たM・プシロノーマやM・ホアンロンゲンシスに似ているが、本種は1つの茎から数個の花がでるラケモサタイプ。花はほとんど閉じている。
(甘白路峠 標高 4180m)
翌日、川蔵南路の卡子拉山でも見る。(右の写真)
(標高 4300m) |
|
|
メコノプシス・アプリカ
Meconopsis aprica Tosh. Yoshida & H. Sun
甘孜に戻る手前に卓達拉山がそびえている。トンネルを抜けて、峠に続く旧道に入ると、草地の斜面に佇んでいた。
白い花をつけたビストルタ(タデ科)が羊の群れのように広がり、さながらチャイナ・アルプスのハイジのようである。
(卓達拉 標高4600m) |
|
|
メコノプシス・クインツプネルヴィア
Meconopsis quintuplinervia Regel
本種は前述のM・プニケアと非常に近い種で、稀ではあるがプニケアと自然交配し、M・クーケイを生むことがある。クーケイはこの花はまず英国で園芸種として作られ、名付けられた後に、野生種が発見されたという逆の経緯を持つ。名前は、園芸種を作ったR.B.Cookeに因む。
(標高4450m 背後は卓達拉山南峰)
(訂正)
本種を当初、M・クーケイとしましたが、付近に親種が見つからなかったことから、M・クインツプネルヴィアとしました。 |
|
2016年、四川省黄龍で撮影➡ |
|
|
メコノプシス・インテグリフォリア・インテグリフォリア
Meconopsis integrifolia subsp. integrifolia Franch
卓達拉山の麓には咲きそろったM・インテグリフォリアの基準亜種の群落があった。
M・イナペルタやM・インテグリフォリアは花を大きく開かない。それでは受粉ができなのではと心配になるが、そんなことはない。気温の低い高山では、虫に避寒シェルターを提供し、晴れて暖かくなれば、花粉のお土産を持たせて送り出すのだ。
花弁を少し開いてのぞくと・・・
(クリックで拡大) |
中に花蜂が2匹。
|
|
|
|
この場所ではユリ科の花とリンドウ科の花が印象に残った。 |
リリウム・ロフォポルム
Lilium lophoporum Thunb.
花弁の先端が、鳥の嘴のようにくっついている。この隙間を通れる虫だけが蜜にあずかり、花粉を媒介する。雌しべが成熟し、花が盛りを過ぎるころ、先端は開き、Everybody
welcomeとなる。
(川蔵南路剪子湾山
標高 4400m) |
|
|
(クリックで拡大) |
|
リンドウの仲間 Gentiana sp.
日本の高山で見られるミヤマリンドウに近い種だが、蜜の在り場を知らせる蜜標が青い線。種名不詳。
(甘白路峠 標高 4180m) |
|
|
理塘の南は緑豊かな氾濫原が広がり、馬が放牧されている。しかし、峠を一つ越えると荒涼とした氷河床の台地に変わる。 |
|
|
氾濫原の北に広がる理塘の街 |
かつて氷河が覆っていた大地には大岩が残された。 |
|
無名山峠⑥ |
無名山峠は稲城から郷城(シャンチョン)に抜ける道の境界にあるなだらかな峠。標高4718m。現在は峠の下をトンネルが通っている。 |
|
メコノプシス・ランキフォリア subsp.シャンチェンゲンシス
M.lancifolia subsp. xiangchengensis Tosh. Yoshida & H. Sun
ここには2つのタイプの花がある。命名者は、左右、どちらの花もM・ランキフォリアの亜種のシャンチョンゲンシスとしているが、
左-花の付き方は総状花序(ラケモサ)で葉には毛がある
右-花は1茎1花(スカポーズ)で葉に毛はない
と明らかに異なる特徴がある。ラケモサ型の花序も実はスカポーズ型の花茎が合着しただけと考えられるが、毛の有無は生育環境の違いを示しているので、分類上より重要と思われる。さらなる研究・検討が求められる。 (詳しく見たい方は、映像をクリックすると拡大します)
左:標高 4550m 右:標高 4730m |
|
|
(標高 4730m) |
|
|
|
雲南省の香格里拉(シャングリラ、昔の中甸)は有名だが、それに綾かってか、四川省にも香格里拉がある。四川省南端の県、稲城県の香格里拉郷(以前は日瓦)だ。この南に仙乃日(シェンナイリ:6032m)や央邁勇(ヤンマイヨン:5958m)の名山を有す稲城亜丁(ダオチョンヤーディン)景区があり、一大観光地となっていて、省政府も売り出しに力を入れている。公園内は観光公社のバスでしか巡ることができなかったため、花探索は諦めた。ここから雲南省香格里拉までは直線距離でわずか100kmであるが、対抗心からか、省政府の縄張り意識からか、整備された道はない。この2ヶ所を結ぶルートを作れば観光地としてより魅力が増すと思うが、そうはゆかないのが中国なのだろう。
このため、大雪山峠の悪路を乗り越えて行く。雲南省の香格里拉にたどり着くには一日がかりとなった。 |
|
|
稲城亜丁の山々。左の尖峰が仙乃日か。 |
大雪山峠下の圏谷。 |
|
|
大雪山峠(紅山)⑦ |
四川省理塘から雲南省に入る通常のルートは、無名山を越え、郷城県から大雪山の西側を通り、雲南香格里拉に入るが、今回は大雪山を横切るルートをとった。ここにまだ見ぬ青いケシがあったからだ。ご多分に漏れず、峠の下にトンネルが貫通したため、峠道は廃道となり、転げ落ちた大岩が道を塞いで進めず、退却を余儀なくされた。目的の花には会えなかったが、別の青いケシと出会えた。 |
メコノプシ・ルディス
Meconopsis rudis Prain
四川省で見たM・プラッティとよく似ているが、葉についている棘の基部が黒いの特徴。
香格里拉の石卡雪山や住古山でも見た。
こんな楚々とした花に粗野(rude)と名付けるの失礼(rude)ではなかろうか。
(クリックで拡大)
(大雪山紅山 標高 4140m)
|
|
葉の部分を拡大
|
|
香格里拉には2014年に訪ねたことがあるが、その時は半年前の大火災で焼け跡が多く残っていた。その翌年訪ねたときは復興のため、建設工事で街はごった返していた。今回、街は見違えるように整備され、高速鉄道の駅も建設中であった(昨年、12月に開業、昆明から直通列車で3時間で着く)。 |
|
片側3車線の広い道路 |
|
|
高速鉄道新駅(手前は放牧牛) |
|
|
香格里拉の西に納帕海(ナパハイ)という湿地があり、ラムサール条約に登録されていて、水鳥の天国になっている。昨年は大干ばつで、池は半分までに縮小していた。その分、草地が増え、馬や羊が放牧されていた。湿地の整備で崖が削られ、道路が拡張された。そのおかげで、この池の周辺の崖地にあった青いケシの群落はほとんど姿を消していた。 |
メコノプシス・ゾンディアネンシス
Meconopsis zhongdianensis Grey-Wison |
|
|
|
M・ゾンディアネンシスはM・プラッティやM・ルディスと同じ仲間のラケモサタイプであるが、花茎が茎から直接出る後者のタイプと異なり、茎の下部では茎と葉の間(葉腋)から花茎が出ている。(画像をクリックで拡大)
M・プラッティやM・ルディスも元々は葉腋から花茎を出していたものが、進化の過程で葉が退化したのかもしれない。ラケモサタイプの青いケシについては、今後の研究が待たれる。
(納帕海 標高 3280m)
|
ここより標高が1200m高い石卡(シーカー)雪山山頂にはM・ルディスが咲き、住み分けている。
石卡雪山(4449m)の山頂部で青いケシを探そうとロープウェイ駅へ行くが、門が閉まっている。聞くと、コロナで客が減り、倒産したという。花にとっては踏みつけられず良いことだが、1200mを登る元気がなかったので、碧沽天池(ビグーテンチ)に行く先を変更。ここでも途中でタイヤがパンクし、リタイア。そのうえ雨も降り始め、ついてない一日となった。不幸中の幸いは「そばかす娘」と再会できたことだ。 |
|
|
|
|
ノモカリス・フォレスティ
Nomocharis forrestii Balf.f.
薄いピンクの花弁に濃いピンクの斑点がそばかすのように付く。本種は現在、ユリ属(Lilium)に入れられている。
以前この花の写真を「中国のベティちゃん」のタイトルで出展したことがある。中学英語の教科書「Jack & Betty」のBettyにはそばかすがあった記憶があったからだ。
(碧沽天池の入口 標高 3330m) |
|
普金浪巴⑧ |
香格里拉から北西へ214号線をひた走る。金沙江(長江上流)を渡り、瀾滄江(ランツァンジェン:メコン川)との分水嶺を越え、徳欽(ディチン)の手前で長い圏谷に入る。我々のSUVでは登り切れない坂もあり、車から降りて押しながら進む。鋸の歯のような稜線が迫るころ・・・ |
正面三角錐の峰の下が峠 |
|
|
|
メコノプシス・スペキオサ
Meconopsis speciosa Prain
青いケシの中ではもっとも空色(sky blue)に近い。葉は羽状に深く切れ込んでいる。
(深く切れ込んだ葉。剛毛は黒い)
荒涼としたガレ場のわずかな草地に咲く姿は「魔境の麗人」と言った風情がある。スペキオサはラテン語で「美しい」の意味。中国語では「美麗绿绒蒿(メイリーリュロンハオ)」と呼ばれる。この花を見て感じる気持ちは万人共通のようだ。
(標高 4710m)
|
|
|
ここから西に300km離れたチベットのセチ・ラに本種の亜種、カウドリアナがある。本種より高さは低く、葉の切れ込みは浅い。
カウドリアナは英国人プラントハンター、キングドン―ウォードのパトロンであったコーダー卿に献名された。
(2019年撮影) |
|
|
|
3時間かけて峠まで登りつく。ここに目的の花があるはずだ。ザレて崩れそうな小径を慎重に上る。
先人が記録したその場所に着いた・・・・見当たらない。周囲を探すと、来年咲きそうな幼生はあったものの・・・
花の付いた株を求めて、足元がガラガラと崩れそうなガレ場を伝い歩く。そして、20mほど登ったところの急斜面に開きかけた蕾の付いた株を見つける。開花は一週間先だ。待つ時間はない。蕾に指を入れ、少しづつ押し開く。 |
メコノプシス・ユニフローラ
Meconopsis uniflora Tosho. Yoshida, B. Xu & Bouford
故吉田氏が新たに単独種にする前は、M・インテグリフォリアの変種と記録されていた。Uniはラテン語で単一の意味だが、その名の通り、1茎の花しか付けない(ご覧の通り1個しか付けられないような過酷な環境にある)。他のインテグリフォリア種との最大の違いである。
(標高 4920m) |
|
|
この撮影の後、レンズ交換中、誤って(これを撮影した)広角レンズを落とす。レンズは崖を転がり落ちながら木っ端みじんに砕けていった。無理に花を開いた罰か。自然開花した姿を見るため、時期を選んで再訪したい。
転がり落ちていったレンズ探してガレ場を下る。レンズは見つからなかったが、青いケシがあった。
|
|
メコノプシス・ランキフォリア ・エキシミア
Meconopsis lancifolia subsp. eximia Grey-Wilson
M・スペキオサ同様、ガレ場の中のわずかな草地に根を下ろす。
「江戸の敵を長崎で討つ」ではないが、大雪山峠で見つけることができなかった花を探し当てた。
(標高 4840m) |
|
この圏谷は他にも・・・
|
|
|
メコノプシス・スルフレア
Meconopsis sulphrea Grey-Wilson
M・インテグリフォリア系の花だが、雌しべの花柱が長いのが特徴。花は横向きに付き、M・インテグリフォリアの亜種、スーウリエにも似ている。
(標高 4470m)
背後の小屋はヤクの放牧小屋。その先が谷の出口。この小屋の周辺にもM・スルフレアがあった。
|
メコノプシス・ルディス
Meconopsisi rudis Prain |
|
|
|
|
馬耳山(マーアルシャン)⑨ |
世界遺産、麗江(リージェン)に一泊し、今回の花探索で最南端となる馬耳山を目指す。麗江を中心とするこの地域は、19世紀末から20世紀初頭にかけてフランス人宣教師、デラバイ神父やイギリス人プラントハンター、フォレストが活躍した場だ。多くの青いケシの基準標本(Type
Locality)が採集されている。 |
メコノプシス・ランキフォリア
Meconopsis lancifolia Franch. ex Prain
M・ランキフォリアの基準亜種。上述したシャンチョンゲンシスやエキシミアはこの亜種となる。といっても、先に名前がついただけで、系統学的にはどちらが派生元かは言えない。
ランキフォリアとはランキ(槍の)フォリア(葉)の意味で、細長く尖った葉の形状を指している。
本種の仲間は、土砂がむき出しになった崖の下や尾根など水気の少ないところを好むようだ。
(標高 3670m) |
|
|
|
ここで思わぬ拾い物をする。稲城亜丁で探索を諦めた・・・ |
|
|
|
メコノプシス・リージャンゲンシス
Meconopsis lijiangensis Grey-Wilson
インテグリフォリア系の花であるが、近隣のM・スルフレアに比べて、花柱は短く、根生葉は幅広い。
(標高 3800m) |
|
|
|
馬耳山には風力発電塔が立ち並び、また、解放軍の戦車部隊訓練場がある。門衛に立っていた兵士に「青いケシを見に行く」と伝えると、快く通してくれた。
(大理から見る馬耳山。手前の湖は洱海(アルハイ) |
大理から①で紹介した則尔山のある冕寧(メンニン)までは約550km。1日の移動距離としては、今回のツアーで最長だが、高速道路を飛ばすため、6時間で着く。途中、10年前に登った螺髻山(ロージィシャン)を左に見る。県都のホテルに泊まったが、ご多分に漏れず、ここでも30階建ての高層アパートがいくつも建っていた。夜見ると、灯りの付いた窓は数戸だった。
翌日、則尔山に登ったあと雅安まで走る。着いたのは日が変わる直前であった。 |
|
夾金山(ジャオジンシャン)⑪ |
四川省は地震の巣窟だ。2008年に起きた四川大地震では7万人を超える死者・行方不明者が出た。そして10年前、私たちが訪ねる3か月前、雅安を震源とする地震が発生し、200人以上がなくなった。震源に近い宝興(バオシン)では学校が倒壊し、生徒たちが下敷きなった。その宝興を通り、夾金山に向かう。深い谷の両側の崖には崩落の跡が生々しく残っていた。ガイドの説明によれば、この地域で地震が頻発するのは、川の上流にダムができ、溜まった水が石灰岩の地下に浸み込み、断層が滑りやすくなったためという。能登半島地震も同様のプロセスで発生したと指摘する専門家もいる。
また、この道は共産党の聖地でもある。1934年、瑞金を放棄し、長征(逃避行)を開始した毛沢東・朱徳率いる紅軍(八路軍)は、多くの犠牲者を出しながら大渡河を渡り、そして冬の夾金山を越え、紅原(ホンユェン)湿地に足をとられながら峡西省延安に落ち延び、再起する。そして苦難の場所が聖地となる。山路の側壁には赤い星が埋め込まれ、峠には記念碑が立つ。 |
|
|
|
メコノプシス・バランゲンシス var. アトラータ
Meconopsis balangnesis var. atrata Tosh. Yoshida, H. Sun & Boufford |
本種は夾金山の固有種。基準種(右の写真:クリックで拡大)のメコノプシス・バランゲンシスはここから東へ20kmほど行った巴朗山(バーランシャン)峠で見られる。どちらも、
1.雄しべの葯が二重の環状
2.剛毛の基部が黒い
違いは、基準種の花弁は青色だが、本種は種名(atro=暗い)が示すように)暗紫色。上の右の写真のように青紫色の個体もある。
(標高 4130m) |
(2013年撮影) |
|
|
|
|
メコノプシス・プルプレア
Meconopsis purprea Tosh. Yoshida & H. Sun
花弁が紫色(purple)だからプルプレアなのではなく、葯の中央部が暗紫色になっているから。
(クリックで拡大) |
本種は巴朗山でも見られる。 (標高 4150m) |
|
|
|
メコノプシス・インテグリフォリア・スーリエイ
Meconopsis integrifolia subsp. souliei (Fedde) Grey-Wilson
インテグリフォリアの亜種。先に紹介した基準種は花の形が球形で上向きに咲くが、本種は浅い皿型で横向き、または斜め上向きに咲く。生育地は基準種より南に分布する。
種名は雲南省北西部で宣教と植物採集を行ったフランス人宣教師ソーリエに献名された。20世紀初頭に起きたラマ教徒の暴動で殺害されている。
他のメコノプシスより開花時は早く、7月中旬では果実になっているが、幸い北向きの斜面だったため咲き残っていた。
今回のツアーではインテグリフォリア列の種を5種見ることができた。残りは、チベットに生育するM・プセウドインテグリフォリアとM・スルフレアvar.グラキリフォリアの2種であるが、この2種もチベットの旅で見ている。
(標高 4110m) |
|
夾金山にはこのほか、M・プニケアの群落もあったが、峠の手前で車を停める場所がなかったので、今回は撮影できなかった。退却中の中央紅軍の兵士たちが見たら、きっと感激したことだろう。(もっとも、彼らが通過したのは冬だったので、咲いていなかったが・・・)
|
四姑娘山⑫ |
峠を下り、四姑娘山鎮の街に入る。10年前はホテルが2軒、街道沿いには薬草店が数店並ぶだけの寂れた村であったが、
それが・・・・
街道沿いにはびっしりとホテルと食堂が並び、川向うのジャガイモ畑は巨大な野外活動センターとバスターミナルに変わり、崖上の道沿いにはディスコとナイトクラブまで。一大観光地に変身していた。週末には、数千人の村が数万人に膨れ上がるという。巴朗山峠の下にトンネルが掘られたことで、モータリゼーションの普及と相まって、成都から数時間で到着できるからだ。豊かになった中国の姿があった。
現在、都江堰から高速登山鉄道が建設中。数年後には原宿なみの人通りとなるだろう。 |
|
10年間の変貌同じ場所を撮影 |
|
|
|
|
10年後、再び四姑娘山を訪れたのは・・・2021年10月23日NHKBSが放送した体感!グレートネイチャーの「魔の山稜と天空の楽園 〜中国・ミニヤコンカ&四姑娘山〜」を見たからだ。番組の最後に映された青いケシに目が釘付けになった。
黒い棘のある青いケシ。これまでに見たことがなかった。撮影をサポートした四姑娘山在住の大川氏に連絡を取り、翌年の探索手配を依頼する。翌2022年は残念ながら中国のコロナ対策で訪中はかなわなかった。そして、昨年、満を持して出かけた次第だ。 |
|
放映された花の画像
(クリックで拡大) |
|
撮影に同行した地元ガイドとともに馬で四姑娘山の西側の谷、長坪溝を遡る。何度か渡渉を繰り返し、放牧小屋に到着。翌日、目的地の羊満台へ標高差800mを登る。 |
馬で 長坪溝 (隣にテントを張り、泊まる)
羊満台(地図で見ると羊満台は5666m峰だが、地元民は麓の台地をそう呼んでいる) |
そして・・・ |
|
|
|
(蒴果を拡大)
|
|
(葉を拡大)
|
(標高 4320m) |
|
葉の面や裏、そして若い蒴果にまばらに黒い剛毛が生えている。テレビで見た青いケシに相違ない。
これまで黒い剛毛を持つ青いケシを見たことがないといったが、今回のツアーで見た種を含め、詳細に調べてみた。
すると、M・スペキオサは葉に黒い剛毛があった(上述)。また、M・バランゲシスやM・ルディスは、葉についた剛毛の基部に黒い塊から出る若い毛にわずかに黒毛が混じっていたり、蕾の皮に黒い剛毛が付いていたりした。
本種の葉は長円形かつ全縁で、ランキフォリアの系列に近い。そして花は1茎につくスカポーズ型だ。M・スペキオサはアクレアタ系列、M・バランゲシスとM・ルディスはラケモサ系列で、花の付き方はどちらも1茎に複数付くラケモサ型である。従って(姿かたちから見ても)この種はM・スペキオサでも、M・バランゲシスやM・ルディスでもないようだ。 |
|
|
ところが、さらに登ると・・・黒くない剛毛を持つ株があった(下の写真)。大きさや花の色、葉の形は上の黒い剛毛のある種とほぼ同じだ。どちらもスカポーズタイプである。違いは剛毛の色。これは別種なのか、それとも単なる個体差なのか。それとも成熟に従って黒変するのか。もし同種ならば、分類の尺度に「毛の色」は使えない。花の色は移ろいやすいため分類上キーファクターとならないように、毛の色は脱色したり、成熟すると色が変わったりする。この種もそうなのか?植物学者でない私には?ビッククエスチョンだ。 |
|
(蒴果を拡大)
|
|
|
(葉を拡大)
|
(標高 4470m) |
|
|
では、毛の色を除いて、スカポーズ型で葉が全縁の種を調べると、四姑娘山から200km以内では下の4種が該当した。 |
|
|
|
|
M・ヘンリキ
折多山(南西へ150km) |
M・プレウロギナ
夢筆山(北北西へ90km) |
M・ホァンロンゲンシス
黄龍(北北東へ190km) |
M・シノマクラータ
黄龍(北北東へ190km) |
|
このうち、M・フォアンロンゲンシスとM・プシロノーマvar.シノマクラータは1株から1花茎しか出ないので対象外。また、M・プレウロギナは葯の色が白いのでこれも対象から外れる。すると残りはM・ヘンリキだが、蒴果の形や色が異なる。 |
|
M・ヘンリキの蒴果。
倒卵形で濃い緑色の筋が入る。毛は少ない。 |
|
|
以上の考察から本種は新種(または新しい亜種、変種)といえそうだ。
しかしそれだけでは新種にならない。(学術的に)新種として認められるには、サンプルを採集し、国際植物命名規約に基づいて形状を詳しく記述し、専門誌に掲載しなければならない。青いケシは絶滅危惧種ではないが、中国では外国人の採集が許されていない。このため、現地の研究者と共同でサンプル採集を行う必要がある。現地パートナーが見つかれば、再度訪問したい。この地域は故吉田氏も探索しておらず、ポピュラーな割に、青いケシについては未知の領域である。 |
こんな花もあった。 |
|
|
M・バランゲシスと異なり
・剛毛の基部が黒くない
・雄しべの葯が二重でない
亜種または変種と見られる。
(標高 4610m) |
|
|
四姑娘山(スーグーニャンシャン)
手前から左へ
大姑娘山(標高 5335m)
二姑娘山(標高 5454m)(雲の中)
三姑娘山(標高 5664m)
四姑娘山(標高 6250m)
四姑娘山は1981年に同志社大学隊が
南東陵から初登頂した。 |
|
|
|
|
夢筆山(モンビーシャン)⑬ |
この山も夾金山に並ぶ長征の聖地である。10年前に通った時はなかった銅像が建てられていた。現在、トンネル工事中だが、完成後も聖地巡礼のため、夾金山と同様、峠道は残されるだろう。
10年前は時間がなく、山頂と反対側のタルチョのある丘にしか登らなかった。今回はたっぷり時間があったので、夢筆山山頂(標高4470m)を目指した。
10年前の青いケシ研究会のツアーで、リーダーの故吉田氏は「この山には青いケシはありません」と言っていたが・・・
|
|
|
|
|
天気が良かったうえ、公安に見つかる心配もなかったのでドローンを飛ばした。ここをクリックして、空中散歩を楽しんでください。 |
|
桑赤山(サンチーシャン)⑭ |
馬尔康(マルカン)から高速道路に乗り、長征の道に沿って北上する。途中、長江・黄河の分水嶺、査真梁子(チャーゼンリャンズ、標高3830m)を超える。分水嶺といってもなだらかな丘だ。観光用に展望台が設けられていた。 |
|
|
分水嶺の南(長江側) |
|
分水嶺の北(黄河側) |
|
長江上流域はヒマラヤ造山活動の影響を受け、今でも隆起を続けており、雨や氷河が削った鋭い岩峰が連なる。一方、黄河流域は造山活動の影響が少ないため、浸食は老齢期でなだらかな山容と平原や湿地が広がる。白い橋桁は建設中の高速道。 |
|
紅原で長征の道と分かれ、巨大なチベット寺院と黄色く輝く菜の花畑の阿坝(アバ)県を通り抜け、青海省に入る。
|
高速道建設で渋滞区間はあったが、4時間ほどで青海省久治(ジュウジ)に着く。10年前だと考えられないスピードだ。時間節約のため、翌日の予定の探索を早めて、そのまま桑赤山峠に向かう。故吉田氏が記録した場所に到着するが、その場所は拡張した道路の下にあった。周囲を探したが、幼生や去年の枯株さえもない。青いケシのタネは微小で風で運ばれるので、谷からの風を受ける道路上の斜面に上がって探す。目当ての花は小型で、藪の陰に入ると見えないので、赤いM・プニケアと背の高いM・インテグリフォリアを目当てに探す。プニケアは多くあり、その向こうには年保玉則(ニェンバオユィゼ、標高5369m)山塊の岩峰が連なっていた。
|
|
|
|
|
|
|
|
2時間ほど探して・・・ |
やっと見つけた一株。哀れにもヤクに踏みつけられていた。 |
|
|
|
メコノプシス・バルビセタ
Meconopsis barbiseta C.Y. Wu & H. Chuang
甘粛省との省境に近い岷山山脈(九寨溝や黄龍が含まれる)近辺に分布するM・プシロノンマの変種、シノマクラータ(上述)によく似ている。シノマクラータと同様、花弁基部に濃い紫色の斑(ブロッチ)がある。
(標高 4110m)
撮影中、根元の泥が崩れて株が落ちたので、拾いものは持ち帰ってもよいと解釈し、標本にした。 |
|
花の拡大 |
|
|
他には見当たらず、まだ陽も高かったので、年保玉則を見に草原を西に走った。残念ながらゲートは閉まっていたが、草原の向こうにそびえる岩峰群を堪能できた。草原には白いテントが点々と見え、チベットの人々が放牧とピクニックを楽しんでいた。政府による定住化が進められているが、彼らには草原が心の故郷である。 |
上空からの眺めはここをクリック。 |
|
夕方、久治へ戻り、夕食をとりに食堂に入ると、物乞いが入ってきてテーブルを廻る。見ると、首からQRコードの付いた札を下げている。施しはこのQRコードをスマホで撮って、振り込んでくれという訳だ。中国ではここまでデジタル化が進んでいるかと驚く半面、スマホ利用での映像や会話データがなどプライベートな情報が政府に筒抜けになっている事に危惧する。スマホなしでは店や食堂で支払いもできず、日常生活を送ることが困難になっている。G・オーウェルの「1984」の世界があった。
翌日、「久治から甘粛省への道でM・バルビセタをたくさん見た」という青いケシ研究会メンバーの情報を頼りに、予定を変更して北へ向かう。国道と並行して高速道路が建設中で、山は削られ、谷は埋められ、山腹にはトンネルが掘られていた。車窓から目を皿のようにして探すが、一輪も見つからない。工事により、水の流れが変わったためか、環境に影響を受けやすい青いケシは姿を消したのだろう。
とうとう甘粛省との省境、黄河のほとりまで行き着いた。チベット高原から運ばれた黄土色の水は止まることなく滔々と流れていた。 |
|
(画像をクリックすると動画が開始します) |
橋を渡り、甘粛省に一歩を記したあと、成都へ引き返す。途中、羊拱山に立ち寄ったが、峠への道は閉鎖されていて峠に達するはできなかった。
西部大開発のお陰で交通の便は格段に向上し、短時間で目的地に行けるようになった。しかし、トンネル開通のお陰でそれまでの峠道は廃道となり、青いケシへのアクセスは却って困難になった。また、道路工事による環境変化で青いケシそのものが絶滅に瀕している。私たちが青いケシを見ることのできた最後の世代にならないことを切に願うばかりである。 |
|
|