チリ北部の旅を終え、アリカ空港よりサンチャゴへ向かう早朝の便に乗る。(チリ北部の旅はここをクリック
空港待合室で朝食代わりのサンドイッチや果物を食べていると政府職員が近づいてきて、「果物はここで食べてしまい、飛行機には持ち込まないよう」と警告する。不審に思ってガイドに尋ねると「果物の種を守るためだ」という。チリは果物の輸出が総輸出額の6%で、銅や鉄などの鉱産物(60%)、ワインやサーモンなどの加工食品(16%)に次ぎ、3位を占める。果物に打撃を与える病原菌が入らないよう、また優れた果物の種が流出しないよう厳しい規制を敷いている。帰国する際も、チェックイン時の事前検査や探知犬巡回、そして搭乗口での抜き打ち手荷物検査と麻薬検査以上に厳しいチェック体制が取られていた。「国を守る」という強い意志を感じた。

チリの首都、サンチャゴから飛びたつと、大地は茶色から徐々に緑へと変わってゆく。左舷(東側)の窓の外には雪を戴いたアンデスの山々が見え始める。2時間半後、南部の中心都市プエルト・モントに着陸。雨上がりの空に虹がかかっていた。
飛行場から宿のあるプエルト・バラスに向かう。道に沿ってシラカバが植えられていて、その向こうには牧草地が広がり、牛がのんびりと草を食んでいる。ここは何処だ!まるでヨーロッパ北部の田園風景ではないか。

そしてバラスの市街地に入ると、建物はほぼ木造で壁は木の鱗壁である。教会や会堂には尖塔がそびえている。写真でしか見ていないが、まるで北欧の田舎町だ。そして、住民たちも肌の白い人が多いようだ。
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この地にやってきた最初のヨーロッパ人はスペイン人だが、彼らの農業様式は地中海気候の乾燥農業であったので、多雨の南部には会わず、長らく定植は進まなかった。19世紀にチリ政府は南部開発のためドイツからの移住者(多くは農民)を積極的に受け入れた。ドイツやヨーロッパ北部と気候が似ているため、畑作農業、牧畜、林業で入植し、定住したのでこの地に北ヨーロッパ風の文化が根付いた。

翌日、国道5号線(パンナムハイウェイと呼ばれ、コロンビアの一部を除き、アラスカ北極圏まで続くアメリカ縦貫道路)を北へ走り、アレルセ・コステロ国立公園へ向かう。その後、フェリーを3度乗り継ぎ南のチャイテンへ。ここを起点に近くのプマリン国立公園や更に南部のクエラト国立公園へ足を延ばして花を探した。
フェリーで南へ
 
アレルセ・コステロ国立公園
公園内はうっそうとした温帯雨林で、チリ南部の原初の姿をとどめている。約200年前、ダーウィンがチロエ島を探索した時に目にした森の姿であろう。

シダ類が生え、地衣類が幹に張り付く。まるで北八ヶ岳の山道を歩いているようだ。太平洋から吹く偏西風のお陰で多雨多湿がこの豊な環境を生んだ。今回の旅行ではただ1度雨に降られたが、それはこの森の中であった。
 
アディアンツム・チリエンセ ブレキヌム・マゲラニカ ロフォソリア・クアドリピナータ シダ類(種名不詳)  
 私は花のない植物にはあまり関心がないので、猫に小判であった。
 
この公園の主役は・・・

  パタゴニア・ヒバ Fitzroya cupressoides ヒノキ科

樹高45m、直径4m、幹回り11m。屋久島の縄文杉よりやや小さいが、樹齢は3500年(推定)。アレルセは現地語でパタゴニア・ヒバ。屋久杉と同様、成長が遅く樹齢3000年以上の古木も多い。この公園内には樹齢5484年と世界最高齢といわれる巨樹がある。かつてはもっと多くあったが過剰伐採や森林開拓、放火が原因で絶滅の危機に瀕している。現在はチリ政府により保護区に指定されている。(なお、コステロ(Costero)は海岸)。属名のFitzroyaはビーグル号の船長フィッツロイから来ている。

南米一高い木だけに、樹に登る馬鹿者は後を絶たず、案内板の上に監視カメラが設置されていた。

チリの若者たちが見学に
保護区に指定されたお陰で公園内では多くの野生種を見ることができる。ただ、深い森林であるため、林床まで陽光は届かず、このため草本は少ない。わずかだが樹の花も見られた。
 
    カンプシディウム・ヴァルデヴィアヌム
    Campsidium valdivianum ノウゼンカズラ科

ジャカランダと同じノウゼンカズラ科の樹の花だが、長さ3~4cmの筒状の花を付ける。チリ南部の固有種。
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 ラツア・プブリフローラ  Latua pubiflora ナス科

ナス科の木本で、高さは5mほど(10mにまでなる)。
ランタン型の5cm程の紫色の花を鈴なりにつける。
現地の言葉(スペイン語)で魔術師の木と呼ばれているのは、この植物には、幻覚作用や幻覚作用のあるスコポラミンやヒヨスチアミンなどの強力なトロパンアルカロイドが含まれていて、原住民のシャーマンが民間医療に使用していたから。
チリ南部海岸地方の固有種で、この地方(バルデビア)でしか見られない。
上記の2種はいずれも筒形の花で、蜜は花弁の奥にある。蜂などの虫は口吻が短いので蜜にありつけない。では、誰が蜜を手に入れるのか?答はハチドリ。空中でホバリングしながら長い嘴を花筒に突っ込んで蜜を吸う。その時、筒から飛び出ている雄しべの花粉がハチドリの頭や嘴につき、次の花を訪ねたとき、同じように突き出た雌しべの柱頭に花粉がつき、受粉が行われる。
ガウテラリア・ムクロナータ
Gaultheria mucronata ツツジ科

日本にもあるシラタマノキの仲間。「シンジュノキ(真珠の木)」の名前で園芸店で販売されている。原生地はチリやアルゼンチン南部だが、イギリスでもpricky heathの名で広く栽培されている。
 
保護区の外の森は伐採され、代わりに成長の早いユーカリが植林されていた。パルプの原料になるという。古い大木が切られたことで、陽の当たる空地ができ、このチャンスを逃さじとばかりに多くの草花が競って咲いていた。
     ガビレア・オドラティシマ
      Gavilea odoratissima ラン科

ラン科のガビレア属はチリ(一部アルゼンチン)の固有種で、中部以南の比較的乾いた草原や低木林の斜面に自生する。この後のパタゴニアでも多く見た。
本種は名が示す(odora:臭い)ように香があるのだが、あまり感じなかった。   
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   ガビレア・アラウカナ
 Gavilea araucana

上記のG・オドラティシマに比べて、花数は少なく、色も淡黄色と淡い。
種小名のアラウカナは原住民のマプチェ族とフランス人冒険家が18世紀中ごろに建国したアラウカニア・パタゴニア王国に由来する。
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 オウリシア・コクシネア
 Ourisia coccinea オオバコ科

この仲間は湿った場所を好む。この株も小さな流れの傍の苔むした土手に咲いていた。チリ南部の固有種。
種小名のコクシネアは朱色の意味。
 
ビオラ・レイチェイ
Viola reichei スミレ科 

日本のキバナスミレに似ている。
日影を好み、チリ中部からパタゴニアにかけて分布する 。

アンデス高地には、ロゼットビオラというクッション状に成長するスミレがある。次回は訪ねた際は見たいものだ。
  ベリベリス・ダーウィニー
Berberis darwinii メギ科

日本ではヘビノボラズと呼ばれている仲間。葉の縁に棘状の鋸歯があり、枝にも鋭い針状の棘があることから「蛇も登れない」という意味に由来する。しかしダーウィンに献名された本種には枝の棘は見られなかった。チリ南部は寒冷であまり蛇がいないためだろうか?
チリ南部の固有種。
食べられる実をつける花は・・・バラ科
 
フラガリア・チロエンシス Fragaria chiloensis    ルブス・ラディカンス Rubus radicans
草イチゴの仲間。海岸近くに自生するので別名、海岸イチゴやビーチイチゴ。北米と南米の太平洋岸に分布。種小名のチロエンシスはかつてダーウィンも探索を行ったチリ最大の島、チロエ島から来ている。   こちらは木イチゴの仲間。日本の苗代イチゴのような赤い実をつける。チリ中部から南部にかけて分布。種小名のラディカンスは「茎から根が出る」という意味で、匍匐する茎から根が出て繁殖する。

アストロメリア・アウレア Alstroemeria aurea アストロメリア科 
 
花姿がユリに似ていることから日本ではユリズイセンとして紹介されている。原生地はチリやアルゼンチンだが観賞用として世界中で栽培されており、日本には大正期に渡来した。属名はスウェーデンの植物学者、アルストレーメル(Alstroemer)」に由来しており、種小名のアウレアは黄金の意味で、黄色い花をつけることから付いた。黄色のほか、オレンジや朱色の花をつける。なお、この種は有毒なので扱には注意が必要。
アリストロメリア属の花は、チリ北部では乾燥地帯に分布するが、南部では湿った森の中や林縁で自生する。また、前回紹介したボマレア・ダルキスもこの科に属する。この後に訪ねたクエラト国立公園では、「これがアリストロメリア?」という花もあった。
 
  リベルティア・チレンシス Libertia chilensis アヤメ科
チリ中南部(一部アルゼンチン)が原産だが、アリストロメリア同様、世界で栽培されている。特にイギリスやニュージーランドで顕著で、ニュージーランドの繻子、雪の人魚、チリアイリスの名で親しまれている。
花の特徴は、内花被が大きいこと、花序が茎頂に向かって渦巻き状につくことにある。属名のリベルティアはベルギー人植物学者マリー=アン・リバート(Marie-Anne Libert)による。

日本にはチリアヤメと呼ばれる園芸種があるが、これはヘルベルティア・ラウエHerbertia lahueという小型のアヤメで、ブラジル、アルゼンチン、チリなど南米の他、北アメリカにも分布する。花は淡青紫色で内花被は小さい。チリアヤメの名を返上して、南米アヤメとしてはどうだろうか?  
   (東京都世田谷区:クリックで拡大)
チリ大地震
今からちょうど65年前の1960年5月、この地で大地震が発生した。マグニチュード9.5を記録し、これまで観測された地震の中で世界最大の大地震である(東日本大震災のマグニチュードは9.1で3位)。チリでの直接的な死者数は1700人以上に上ったが、間接的な死者含めると6000人を超えるという。また、建物の倒壊などでチリ中南部の都市は壊滅状態になった。この地震は震源地近くの都市バルディビアの名を取って「バルディビア地震」とも呼ばれている。
地震発生翌日、この地震による津波が日本を襲った。三陸地方には6mを超す津波(チリ地震津波)が押し寄せ、大船渡市やむつ市など三陸海岸では142名の死者・行方不明者を出し、46,000棟を超す建物に被害があった。また、漁船が流されたり、堤防が決壊するなど生産財やインフラの被害も大きかった。この時の教訓が生かされていれば、14年前の大地震の被害はもう少し小さかったかもしれない。
この地震は、チリ沖に広がるナスカプレートが南米大陸プレートに沈み込む領域で断層破壊によって引き起こされた。三陸沖の太平洋プレートがユーラシアプレートに沈み込む際に起きる地震と同じ構造だ。ダーウィンは1834年2月20日にバルディビアの北、320kmにあるコンセプシオンを訪ねたときに地震に遭遇し、惨状を「ビーグル号航海記」第14章に記している。また、その4年後(1837年)にもこの地で巨大地震が発生している。アンデス山脈には、このプレートの接合面に平行に活火山が直線的に並んでいて、今でも白煙を上げている火山も多い。
今回、この震源地を訪ねたが、地震の痕跡を見ることはなかった(古い建物は見なかったが)。
東日本大震災に比べて被害規模が小さいのは、
・そもそも人口(密度)が少ない
・平坦な地面で森林や牧場が多い
・海岸部に人口密集地がない
・リアス式海岸とフィヨルド湾の違い などであろうか。
 
チャイテンプマリン国立公園
早朝、プエルト・バラスの宿を出る。ピンクに染まったオソルノ火山に見送られ、国道7号線を海岸沿いに南下する。波静かな湾内ではカキの養殖や日本が技術指導した鮭の海上養殖がおこなわれている。
オソルノ火山
(標高2660m)
途中、3度フェリーに乗り継ぎ、フィヨルド湾を更に南へ航行する。フィヨルドの両側には標高2000mを超す山が連なり、頂上部は雪氷で覆われ、氷河も流れている。
ミチマユイダ火山
(標高2404m)
午後3時、フェリーも含め240kmを10時間かけて走破、プマリン国立公園の入口の船着場に上陸した。更に1時間、埃の舞い上がるダート道を走り、チャイテンに到着。宿の正面にはソンブレロ帽子のような形をしたコルコバード火山が歓迎してくれた。
コルコバード火山
(標高2300m)

ダーウィンも名山と絶賛した。
チャイテンは南部湖水地方への入口の街。2008年5月1日、市街地の北、10㎞にあるチャイテン山(標高1122m)が突然爆発的噴火を起こし、大量の火山灰を巻き上げた。火砕流は下流の市街地を襲い多くの建物が被災した。幸い、人的被害は心臓発作を起こした老人一人だけだった。事前の避難対策が功を奏した例である。
国道からは焼け焦げた木々と今でも白煙を上げる山肌が望める。チャイテン山一帯はプマリン国立公園になっていて、公園内はアレルセの保護林や湖、渓谷、滝が多数存在し、ハイキングコースやキャンプ場が設けられ自然保護を意識したレクレーションエリアとなっている。                          

白煙を上げるチャイテン山
 

チャイテンに入ると、まず目に飛び込んでくるのは
 グンネラ・ティンクトリア
 Gunnera tinctoria グンネラ科

道路際などどこでも生えているのだが、葉の直径は1.5mもあった。大きいものだと2.5mになるという。チリ・ルバーブの別名があるがタデ科ではないが、同じように食用や染料にされている。ダーウィンもチロエ島でこの葉を測り8フィート(2.4m)あったと書いている。
日本のアキタブキも葉の直径1.5mあり、また食用にもなるがキク科である。
チリ南部原産だが、イギリスやニュージーランドへ移植されている。ニュージーランドでは外来種危害種として駆除の対象となっている。
 
 1.2mのステッキと比較 
 花穂
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ところが、この仲間にはこんな近縁種もある。
 
  グンネラ・マゲラニカ
  Gunnera magellanica

葉の直径は5~10cmほど。
自然の妙を感じさせる。
  グンネラ・ティンクトリアと並べると一目瞭然
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 ミトラリア・コクシネア
 Mitraria coccinea イワタバコ科

ツル性の花で、3~5cmの筒状の真紅の花を付ける。花弁の表面は黄金色の細かい綿毛があり、光が当たると輝いて見える。チャイテンでは至る所で見ることができるが、チリ南部の固有種。

   実
  同じイワタバコ科の
サルミエンタ・スキャンデンス
Sarmienta scandens 

これは花筒が1.5~2cmと短いが、雄しべが突き出ている。落ちていたのを拾ったので、樹全体は不明。
 フクシア・マゲラニカ
 Fuchsia magellanicaアカバナ科

原産は中南米であるが、今や世界中で栽培されていて、日本でも品種改良された園芸種が出回っている。
花は大きく開いたガクの中に円筒形の花弁があり、長い雄しべと雌しべが突き出ている。まるでバレリーナの下半身のようだ。ガクは真紅、花弁は紫色で、この色はフクシャと呼ばれている。
クリノデンドロン・フッケリアヌム  
Crinodendron hookerianum
ホルトノキ科

高さ8mになる低木。花は5弁の離弁花。長さは3~5cmで先端の閉じたベルの形。色は鮮紅色。
属名のクリノは硬いペチコートを意味するスペイン語のクリノリンに似ていることから。また、種小名フッケリアヌムは英国人植物学者で初代キュー植物園園長のJ.W.フッカーへの献名。
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アステランテラ・オバータ
Asteranthera ovataイワタバコ科

1属1種の花。蔓性で樹や倒木に巻き付く。花は5㎝ほどで基部が筒状で先が広がる。花弁に白い毛が生え、花弁の奥に白い蜜標がある。葯は星型の集まっていて、ここから属名(Asterはギリシャ語の星、antherは葯の意味)となった。
湿潤で明るい場所を好むため、林縁や巨木の下部で生育する。
チリ南部の固有種。
     フィレシア・マゲラニカ
 Philesia magellanica フィレシア科

1科1種という珍しい花。低木または蔓性で、5~8㎝の濃いピンク色の花が釣鐘状に垂れ下がる。プマリン国立公園ではアレルセ (Fitzroya cupressoide)の幹に巻き付いていた。
湿った森林を好み、バルディビアからマゼラン海峡までの間に分布する。

  
上記の花々はプマリン国立公園を含むチャイテン地区でよく見られる花だが、以下のような共通点がある。
 ・筒状または基部が合着した釣鐘状の花を垂れ下げるか、下を向いて咲く。
 ・花の色は鮮紅色からピンク色で、葉の緑色の補色となり、よく目立つ。
 ・木がよく茂った森林や林縁で育つ。
 ・1科1種や1属1種が多く、仲間の種類が少ない。
このことは何を意味しているだろうか?
筒状の花の奥にある蜜を吸うには長い嘴が必要である。下を向いて咲くと停まる場所がないので空中で吸蜜しなければならない。長い嘴か長い口吻を持ち、ホバリングしながら蜜を吸うことができるのはスズメ蛾かハチドリだけだ。しかし、スズメ蛾は熱帯や温暖な気候でしか生きられない。実際、森林内では虫が飛ぶのをほとんど見なかった。花のほとんどは虫を花粉媒介者としているが、アレルセ・コステロ国立公園で見た花(カンプシディウム・ヴァルデヴィアヌムやラツア・プブリフローラ)を含め、これらの花々はハチドリをポリネーターに選んだのだ。これはハチドリにとっても都合の良いことであった。鳥の視覚能力は高く、薄暗い森の中でもすぐ花を見つけられるし、茂った枝や葉は天敵の猛禽類やカラスから彼らを守ってくれる。ウィン・ウィンの関係(共進化)を作り上げたのだ。そして・・・この関係があまりにもうまく成功したため、花は種保存のために多様化の努力をしなかった。この結果、南部地域の花には近縁種の少ない種が多くなった。
 
プマリン国立公園とダグラス・トンプキンス
チャイテンの入り口となる3番目のフェリーの港、カレタ・ゴンサロにはプマリン国立公園の管理施設がある。この公園の正式名称は「プマリン・ダグラス・トンプキンス国立公園」である。ダグラス・トンプキンスと聞いて、ピンとくる人は山道具のエキスパートか、環境保護意識の高い人だろう。彼は登山家でアウトドア用品メーカー”ノースフェイス”の創業者で、自然保護の旗手であった。彼と妻はチリで約220万エーカー(890㎢)を買い取り、その一部で私有の自然保護区、プマリン公園を作った。この他、チリとアルゼンチンでいくつかの国立公園を設置している。また、劣化した農地を買い取って農地修復を図ったり、水力発電ダム反対活動を行った。時として自然アクティビストとして物議をかもしたしたが、自然保護への強い熱意とビジネスマンとしてのすぐれた経営能力により、これらのプロジェクトを成功に導いてきた。2015年12月8日チリ南部のヘネラル・カレラ湖でカヤック中の事故死去。享年72歳。
トンプキンス夫妻が設立・参画した主な国立公園
 ・プマリン国立公園 - チリ南部に位置し、世界最大の私有自然保護区。
 ・パタゴニア国立公園 - チリのパタゴニア地域にあり、壮大な景観と豊かな生態系を保護。
 ・コルコバド国立公園 - チリ南部の森林地帯を保護するために設立。
 ・イベラ国立公園 - アルゼンチンに位置し、湿地帯の生態系を保護。 
もちろん、送粉をハチドリに頼らない花もある。代わりに虫を引き付けるために匂いを出したり、止まれるようステップを作ったりする。
 エスカロニア・ルブラの変種マクランタ
 Escallonia rubra var. macrantha エスカロニア科

低木で3mになる。長さ1~1.5cmの花冠の縁が反り返った筒状の花を下向きにつける。チリ南部が原産だが、庭木としてイギリスやニュージーランド、北米で栽培されている。
この花を撮影していると飛んできたのは体長2㎝を超すハナバチだった。花弁の縁に止まって吸蜜を始めた。
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  ドリミス・ウィンテリ
  Drimys winteri シキミモドキ科

高さ20mになる常緑の高木。導管がない。バルディビア以南に分布する。強い香りで甲虫などの虫を誘引し、受粉する。

  
原住民マプチェ族の聖なる木とされていて、その樹皮は薬として使われていた。
ドレーク船長が世界一周をしたとき、その僚船エリザベス号の船長がジョン・ウィンターで、マゼラン海峡を通過した時、この樹皮を持ち帰った。クックなどその後の航海者はこの樹皮を煎じて飲んで壊血病を防止したという。それはこの樹皮がビタミンCを大量に含んでいたためであった。以来、「ウィンターの樹皮」として船乗りの間で重宝された。種名はウィンターに因む。
     
 アモミルツス・ルマ
 Amomyrtus luma フトモモ科

高さ 25 m になる常緑樹。花弁は5弁でたくさんの雄しべがある。果実は熟すると黒紫色になり、食用となる。
属名のAmomyrtusがギリシャ語のアモス(香りのよい)から来ているように香で虫を誘引する。
チリ南部が原産だが、ユーカリと同じ仲間のギンバイカ(銀梅花Myrtus communis)に近い。南アフリカやオーストラリアで多く見られ、ゴンドワナ大陸由来の植物である。
  ミルテオラ・ヌンムラリア
Myrteola nummularia フトモモ科
  上記のA・ルマと同じフトモモ科であるが、低木であり、湿地に育つ。直径1㎝ほどの花をつけるが、雄しべは多くない。実は食用となり、ジャムなどになる。
 
   実
 
 ルズリアガ・ポリフィラ
 Luzuriaga polyphylla
 アリストロメリア科

蔓性の低木、3mほどに成長する。ランタン状の1~1.5cmの白い花を多数つける。種小名ポリフィラはポリ(多数)、フィラ(葉)を意味する。
アレルセ・コステロ国立公園の近くで見たアリストロメリアと同じ科に属する植物とはにわかには信じがたい。
甘い香りがし、清純な天女たちが天から暗い森に静かに下りて来たようである。もっともたち下りた先に集まってくるのは漁夫・白龍ならぬ虫たちであるが…。
↑ルズリアガが天使の花ならば
こちらは悪魔の花。腐敗臭で蠅を呼び寄せる。

コリアリア・ルシフォリア
Coriaria ruscifolia ドクウツギ科

落葉性低木で中南米に分布する。果実は黒紫色で有毒。幻覚作用があり、食べると酩酊状態になる。時に死に至る。
ペルーではアレルギー対抗の民間薬として利用され、チリでは殺鼠剤として使われている。
ドクウツギの分布に関するエピソード
東京大学理学部植物学教室の教授で、牧野富太郎の門下であった前川文夫は植物分布や進化が専門であった。世界のドクウツギの分布が赤道の周りにゆがんだ帯状に分布することから、ドクウツギの隔離分布の説明として古赤道説を提唱した。この説は太古(白亜紀から第三紀)の時代、地軸は現在と異なる傾きで、そのため赤道も現在と異なる位置にあったとし、太古のドクウツギは古い赤道の周囲に分布したが、その後地軸がずれたため赤道から離れた寒冷な場所のドクウツギは絶滅し、生き残ったドクウツギは現在の位置に飛び地のように分布しているという説である。この説の背景に、植物進化は赤道周辺が重要な役割を果たし、高温や霧が進化に大きく影響したという前川独自の見解がある。
  (ドクウツギの分布。赤い線は前川が推定した古赤道) 
しかし、近年、遺伝子解析により、ドクウツギのユーラシア種と南半球種は異なる祖先をもつ事が分かり、この説は否定されている。だが、大陸移動説がいまだ確立していなかった時期に提唱された前川の大胆な説は、批判も多かったが植物進化について新たな視点を投げかけるものとなった。
 
クエラト国立公園
チャイテンから南へ200㎞、広い谷の底をひた走る。道の両側には牧場があったり、小川や湖があったり、森林があったり、そして時々人が住む集落があったりと変化に富んでいる。そしてそれらの向こうには、いつでも雪を戴いた2000m近い山々が連なっていた。かつてここが広大な氷河の底であったことを実感する。
   
   

ケウラト国立公園への途中で見た花々。
カルセオラリア・テネラ
Calceolaria tenella
カルセオラリア科
  1cmほどの袋状の花弁を持つ。
チリ南部アンデス山地の固有種。
崖や斜面に群落を作る。
 
 アザラ・セラッタ
 Azara serrata ヤナギ科

常緑の低木で高さ4mになる。ミモザに似た香りのある黄色い集合花を付ける。
小種名は鋸歯の葉(serrate)を持つことから。
サンチャゴからプエルト・モント間のチリ南部に分布する固有種。

ケウラト国立公園のハイライトは氷河とそこから落ちる滝。運が良ければ、氷塊の崩落を見ることができる(雷鳴のような崩落音は公園内に響き渡る)。展望台まではトレイルが整備されていた。
 ケウラト氷河

標高2300mのネバド・クエラト山の南斜面に広大な氷帽(氷原)があり、積もった雪は懸垂氷河となって落差300mの急斜面をゆっくり流れ下り、標高850mの崖上から落差150mの滝となって氷河湖に流れ下る。

  滝の源頭部
滝展望台までのトレイルは整備されていて、その両側に咲く花を探しながらゆっくりと登った。この地域も温帯雨林で木々が密生し、暗い森となっている。チャイテンで見たアステランテラ・オバータやフィレシア・マゲラニカなど赤い花もあったが、種類は少なかった。ここでは白い花が目立った。
   コドノルキス・レソニイ
 Codonorchis lessonii ラン科

高さ30㎝ほどの茎の先に白いをつける。英語名ではパロミタ・オーキッドやドッグ・オーキッドと呼ばれている。パロミタとスペイン語で鳩の意味。
他のランと同様、ハチを送粉者にしていると思われる。ハチが花油(エライオフォア)を求めて、唇弁の奥に入ろうとして(または出ようとして)、狭い通路を通る際にその背に花粉をつける。(アレルセ・コステロで見たガビレア属はそんな複雑な受粉システムを使っていないようだ)
 
ウェインマンニア・トリコスペルマ
Weinmannia trichosperma クノニア科 
 

猫の尻尾のような白い花穂を立てる常緑樹。高さは30mにまで成長する。
クノニア科の植物は、南アフリカやオーストラリア、東南アジアの一部、南米に分布するゴンドワナ大陸由来の植物。本種はチリ南部の固有種である。
 
  ヴァレリアナ・ラパティフォリア
Valeriana lapathifolia ヴァレリアナ科(スイカズラ科)

アブラナ科のワサビを大きくしたような草である。この属のヴァレリアナ・オフィキナリス(Valeriana officinalis:セイヨウカノコソウ)は北半球に生育し、鎮静や睡眠促進効果を持つハーブとして利用されているが、チリ南部の固有種である本種にもそうした効果があるとされる。また、花は香りでハチを呼び寄せ受粉に利用している。
種小名のlapathifoliaは「犬が好む」の意味があり、犬(猫も)は葉を食べることがあるようだ。
  ルブス・ゲオイデス
Rubus geoides バラ科
  キイチゴの仲間で、アレルセ・コステロ公園で見たR・ラディカンスの近縁種。 葉は三葉で茎に棘がない。熟すとラズベリーに似た真っ赤な実をつける。
チリ中部のアンデス山地から最南端フェゴ島にかけて分布するチリ南部(一部アルゼンチン)の固有種。別名フォークランドベリー。
 
 
 ルズリアガ・ラディカンス
 Luzuriaga radicans

チャイテンでみたルズリアガ・ポリフィラの近縁種。
P・ポリフィラより葉は細長い。葉裏は白く、花数は少ない。
小種名ラディカンスが示すように、茎から根が出て、木の幹にシッカリと巻き付く。
葉裏は白い


実はオレンジ色

種子の散布
虫やハチドリによって受粉し、種を宿した花にはもう一つの大きな仕事がある。それは子孫を残すため、種子をできるだけ遠く、かつ広く散布することである(根元に落ちると栄養を奪い合うことになり、共倒れになる可能性があるから)。ホウセンカ(鳳仙花)のように自力で種を飛ばす植物もあるが、多くは自然の力や動物の力を借りる。ケシのように小さくて軽い種ならば風が運んでくれるし、スミレやカンアオイのように地表近くに咲く花は蟻などの虫を運搬者にできる。だが、多くの花達は空を飛べる翼を持つ動物(鳥やコウモリ)や木に登れる動物(猿や熊)に散布を委託している。宅急便と同様、タダで運んでくれるわけでないので、散布者には報酬として甘くて栄養たっぷりある果実を提供する。ただし、まだ種が若くて、動物の胃の中で消化されてしまう恐れがある段階では、果肉にシアンの毒を入れて「おあずけ」し、種の殻が消化されず、糞と一緒に放出される段階になって初めて「食べてよし」のサインを出す。果実の表皮の色を葉隠れの緑色系からその補色になる赤やオレンジの目立つ色に変えるのだ。
   苔サンゴ(Nertera granadensis アカネ科)南米、オーストラリア、東南アジアに分布。

上で紹介したルブス属(キイチゴ)は真紅やオレンジ色の実をつけ、またルズリアガはオレンジ色の鈴状の実を持つ。暗い森の中でそこだけ明るくなったように、動物たちを食事に招く。花と送粉者の関係と同様、散布者との間にもウィンウィン関係(共生関係)ができあがっている。残念ながら、どんな動物がこのお呼ばれに預かっているのかはわからなかったが、嘴が細くて蜜しか吸えないハチドリは招待者リストには入っていないだろう。

山を下ると・・・そこに待っていたのは
 エンボトリウム・コキネウム
 Embothrium coccineum ヤマモガシ科

多数の蛇の頭を持つヒドラのような花。南アフリカのプロテアやオーストラリアのバンクシアと同じ仲間のゴンドワナ大陸由来の植物。
属名のエンボトリウムはギリシャ語で「小さな穴」の意味で、萼のわずかなくぼみに葯が挿入されていることから。小種名コキネウムはチャイテンで見たミトラリア・コクシネアと同じ「真紅」。英語名では「チリのファイアトリー」または「ファイアブッシュ」と呼ばれる。
チリ中南部(サンチャゴからマゼラン海峡まで)のほか、ニュージーランドに自生する。

この後訪ねたパタゴニアでもたくさん見た。
チリ南部が深い森林と水をたたえた植生豊かな土地であることを実感していただけたと思う。
これでチリ南部の旅を終え、雪山や氷河を超えさらに南を目指す。次回はいよいよ世界の果て、強風吹きすさぶパタゴニアの花々を紹介します。


★講演会のご案内: 四川省・雲南省の青いケシたち

2013年からこれまで11年間で、ヒマラヤ地域や中国西部・チベットで72種(亜種や変種を入れると88種)の青いケシ(メコノプシス)を見てきました。多くの種を見るとおのずとその違いが見えてきます。今回、日本中国友好写真家協会主催の講演会で四川省と雲南省で見た45種(亜種や変種を含む)について、グループに分類し、その特徴や特性を詳しく説明したいと思います。

 日時:5月9 日 (金) 15:30~ 17:30 (15:10 受付)
 場所:東京都 練馬区役所本庁20階 交流会場 (地下鉄大江戸線または西武池袋線練馬駅から徒歩7分)
 参加費: 1,000円
 (終了後懇親会があります。費用5,000円程度)

参加ご希望の方は協会事務局
 電話::03-5912-1232 Fax:03-5912-1233 または
 メール:gesanmedo@yahoo.co.jp 宛、
5月5日までに参加人数と懇親会参加の有無をお知らせの上、お申し込みください。

併せて、下記のパンフレットもご参照ください。(クリックすると拡大します)


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2025.3.31 upload
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