昨年(2023年)、未見の青いケシを求めて中国四川省と雲南省を回ったが、その時不思議なことに気づいた。雲南にはチベットで見られる青いケシと同種または非常に近い種の青いケシが多いことだ。雲南省とチベットは境を接しているものの、青いケシの自生地は東西に600km隔たっており、しかもその間には標高5000mを超す氷雪の岩峰が連なっている。風や鳥の手助けでこれだけの距離を移動して生息域を拡大したとは思えない。そこで今年は、この分布の謎を解く手がかりとなるよう、雲南とチベット両方に咲く青いケシを観察することを主眼にした。またあわせて、昨年見損ねた花やまだ見ぬ花々を探した。

6月下旬、昆明に向けて出発。開花を追うように南から北へ自生地を遡った。
(今回のコース)
雲南省:東京―昆明~轎子山~昆明~蒼山~馬耳山~天宝山~普金浪巴~孔雀山~巴拉格宗~大雪山~香格里拉―成都
チベット:成都―米林~魯朗~テモ・ラ~セチ・ラ~朗県~林芝~セチ・ラ北~米林―成都(四姑娘)―東京


(枠を拡大)

昨年は好天に恵まれたが、今年は雨天が多く、撮影に苦労しました。あまりフォトジェニックな写真(スマホ世代は「映え(バエ)」というらしい)は撮れませんでした。しかし、雨が多いことは花にとっては好ましいことで、お陰で多くの花に出会うことができました。
 
雲南省
轎子山(ジャオズシャン)

昆明の北、135kmに位置する国家級自然保護区(国立公園)。昆明から車で2時間余りで到着する。最高標高は4223m。登山道はすべて木道になっていて歩きやすく、リフトやロープウェイが設置されている。春から夏にかけてはシャクナゲ、冬はスキーと市民に人気のスポットだ。轎子とは駕籠のことで、山の形が似ていることから名づけられた。

ここには2種の青いケシが咲いている。
 (公園入口)

メコノプシス・ウムンゲンシス
  Meconopsis wumungensis K.M.Feng
高さ15~25cmほどの清楚な花である。葉腋から花茎が出る総状花序。
「一線天」と呼ばれる天に続くかのような階段(標高差100m)に沿って咲いていた。   (標高3840m)
一線天 (黄色の柵は転落防止柵)
 
 ところがこの階段の上部で葉の形の違うウムンゲンシスが・・・
先端が丸く、羽状に深い切れ込みがある。そして花茎は根から直接出る一茎一花(スカポーズ)である。

(標高3930m)
そして、階段を下り、谷に沿って下ると水の滴る所で・・・葉の形が上の二つの中間の株が。

(標高3620m)
葉の形や花の付き方は異なっているが、いずれもウムンゲンシスである。葉の形や花の付き方は植物分類学にとって重要な要素なのだが、その基準が役立たない。そうなると残された手段はDNA(遺伝子)分析しかない。
本種に近い種はM・ポリゴノイデス(polygonoides)で、ブータンのティンプーの北で見た。ネパールと国境を接するチベット南部の吉隆県でも自生が報告されている。 
メコノプシス・ウィルソニー subsp. オリエンタリス
Meconopsis willsonii subsp. orientalis
Grey-Wilson, D.W.H.Rankin & Z.K.Wu

基準亜種のウィルソニー subsp.ウィルソニーに比べてやや小型(120~130cm)で、葉の切れ込みの先端は尖っている(基準亜種は丸い)。基準亜種より経度が約1度東にあるので、この名が付いた。
 
基準亜種
 四川省冕寧県
冶勒自然保護区
(標高 3660m)
 
(標高 3680m)
M・ウィルソニーにはもう一つ別の亜種がある。それを求めて、いったん昆明まで帰り、翌日、高速道路を西に走り、大理の西に聳える蒼山に向かった。
 
蒼山(ツァンシャン)
大理に近い蒼山南部は頂上までロープウェイが開通し、気軽に登ることができ、市民の憩いの場所になっている。しかし、求める花の咲く北西部は手つかずの自然のままで、花に出会うには、往復10時間かけて放牧地までの小道を辿るしかない。道迷いのため、毎年何人かが遭難・死亡しているという。

放牧農家が営む民宿に宿泊する。女性だけが花のある場所を知っているというので、この家のおかみさん(右端)に案内をお願いした。
 (民宿の台所で村民と)
 
メコノプシス・ウィルソニー subsp. アウストラリス
Meconopsis willsonii subsp. australis Grey-Wilson

高さは160~180cmと基準亜種と同じ大きさだが、基部の葉は密生せず、粗い。花の色はワインレッド。基準亜種の南に生育するためラテン語で南を意味するアウストラが付けられた。
  葉の切れ込みは粗く、先端は丸い。

(標高 3550m)
途中、尾根上に咲き残った石楠花を見た。

ロドデンドロン・デラバイ
Rhododendron delavyi Franch.

水の少ない尾根の上に咲く。乾燥に強いため船便に耐え、ヨーロッパへ移出され園芸化している。英国の庭園で重宝されている。
(標高 3210m)

M・パニクラータはM・ウィルソニーに近い種(ポリカエティア列)の一つであるが、その分布はインドの東端アルナーチャルプラディッシュからネパール中部までとヒマラヤ南縁に沿って広い。しかし、チベットの一部(カンシュン谷)では見られるが、雲南にまでは至っていない。同様に、ネパール東部・ブータン西部で見られるM・ワリッキーやネパール中部のM・スタイントニーも本種に近い花だが雲南には至っていない。
(2015~2016年に撮影)
     
 M・パニクラータ  M・ワリッキー  M・スタイントニー

馬耳山(マーアルシャン)
メコノプシス・アトロビノーサ
Meconopsis atrovinosa
Tosh.Yoshida & H.Sun

山を下り、いったん大理まで戻って宿をとる。翌日、洱海(アルハイ)西岸を北上して香格里拉に向かう。途中、昨年M・ランキフォリアを探した馬耳山に立ち寄り、2種の青いケシを探す。11年前、青いケシ研究会の第1回調査旅行を行ったとき、四川省南西部の螺髻山(ロウジシャン)で見たM・アトロビノーサの幼生を見ることができたが、もう一種の青いケシはここが標本採集地(タイプローカリティ)であるM・ベトニキフォリアだが、見つからなかった。  (標高 3740m)
         
2013年、螺髻山で見た株。この後、新種登録された。

馬耳山から北東へ265km離れている。

天宝山(テンバオシャン)
香格里拉市の南東30kmにある山塊。標高は4750m。全山が石灰石からなり、山裾は頂上部から落ちたクズ石(スクリー)で覆われている。
2014年の春、京大学士山岳会の梅里雪山遭難者を慰霊する旅でこの地を訪ねた。麓は石楠花で埋まり、山はピンクに染まっていた。
(2014年春に撮影)
 メコノプシス・ゾンディアネンシス
Meconopsis zhongdianensis Grey-Wilson

天宝山へ入る谷口の崖上に咲いていた。
高さは60~80cm、葉は披按針系で基部に集中している。花弁の色は青~青紫色、雄しべの葯は白乳色。
種名は、香格里拉の旧名中甸(zhongdian)から来ている。

香格里拉の西にある納帕海(ナパハイ)周囲の崖面や碧古天池でも見られる。分布域は狭い。

(標高 3460m)
 
 (納帕海 標高3280m)
 
  メコノプシス・ルディス
  Meconopsis rudis Prain

葉の剛毛は鋭く、棘状である。うっかり触れると皮膚を貫き、出血する。ルディスの特徴は棘の基部は黒くなり、葉の幅は広い。
花の付き方は総状花序が多いが、一茎一花(スカポーズ)もある。
分布は雲南省西北部と隣接する四川省南西部の石灰岩の山岳地帯。この後、訪ねた孔雀山や巴拉格宗でも出会った。
天宝山のM・ルディスは基部が黒くならない。このことからM・プラッティまたはM・ゾンディアネンシスの高地型の可能性もある。
       (標高 3820m)
  メコノプシス・ヴェヌスタ
  Meconopsis venusta Prain

石灰岩のガレ場に生育する。葉の形は羽状で、M・ベラ系列によく見られる特徴だ。
よく似た種にM・プセウドヴェヌスタ(後述)があるが、蒴果の形の違いで見分けられる。M・ヴェヌスタの蒴果は細長い。 


  (標高 3820m)
 
チベットにはM・ゾンディアゲンシスと似た種のM・プライニアナがセチ・ラにある(後述)。M・ヴェヌスタに近いM・ベラはブータンやネパールでみられるが、チベットでは報告されていない。

青いケシ以外にもお腹がぽってりと膨れたラン科やナデシコ科の花を見ることができた。
キプリペディウム・フラブム
Cypripedium flavum
P.F.Hunt & Summerh.

アツモリソウの仲間。木靴がタップダンスしているようだ。

 (標高 3820m)
ナデシコ科マンテマ属の仲間。
Silene bilinguaか?
谷の入口のゾンディアネンシスの近くで咲いてた。

(標高 3460m)

普金浪巴(プージンランバ)
雲南省最北部の峠、四川省との省境となる。周囲の峰々は標高5000mを超え、氷河谷を囲むように連なる。この山は雲嶺と称され、ここから南という意味で「雲南」となった。鉄分を含む花崗岩からなり、岩は風雪で脆くなって崩れ、ガレ場を形成している。
峰の中央に普金牙という鋭い岩峰がそびえ、その向こうには雪を戴いた梅里雪山が遠望できた。この日は中国へ来て初めての晴天であった。
(峠の上から望む)

メコノプシス・ユニフローラ Meconopsis uniflora Tosho. Yoshida, B. Xu & Bouford
昨年、ここに来たときは蕾つけた株を1株見ただけだったが、今回は開花したばかりの株を5~6株を見ることができた。

(標高 4920m)
標高4920mのガレ場に咲く。高さは15cmほどだが、花の直径は10cmと他のメコノプシスに比べて相対的に大きい。生育環境が厳しいため花は1個しか付けない。極端に乾燥したガレ場の土壌で生育できるのは、葉や茎の剛毛が霧から水滴を集め、根に送ることができるからだ。
この花の咲く普金浪巴は雲南省最北端に位置し、かつては氷河で覆われていたU字谷。周囲は標高5000mクラスの峩々たる岩峰が長円形に連なっている。このような厳しい環境でも大輪の花をつけ、子孫を残そうとする健気さに「命」の執念を見る思いがした。
本種は以前M・インテグリフォリアの変種、ユニフローラとされていたが、故吉田外司夫らによって独立種とされた。
 
この種と同種(synonym)とされている種をここから西へ670km行ったチベットのミ・ラ(米拉)で見たことがある。    
メコノプシス・プセウドインテグリフォリア
Meconopsis pseudointegrifloria Prain

私が見た自生地は拉薩と林芝の中間にあるミ・ラの西。標高4850m。周囲には湖が点在し、草地も多い。
丈は40cmと大きく、一株から いくつも花茎が出て、花を一個つける。狭い範囲に群落を作る。

(2017年7月撮影)
 
両種を比べると、自生地の標高は同じであるが、大きさや花の数が異なり、まったく別の種のようにも見える。しかし、花の付き方は一茎一花であり、葉も基部の根生葉のみで、茎の途中から出る葉(茎生葉)はない。プセウドインテグリフォリアの生育環境は水が豊富で土壌もよいため、大きく成長でき、密に生育できるのかもしれない。この地にユニフローラの種を播くとどうなるのだろうか。(現在の環境を変えることはご法度だが、実験室でなら可能だ)

M・ユニフローラの近くにまだ蕾や花をつけていないが明らかに青いケシと思われる幼生があった。
  メコノプシス・ルディス
  Meconopsis rudis Prain

中国語で「宽叶绿绒蒿(カンユエリュウロンハオ)」と呼ばれるように、葉が広いのが特徴。また、葉の棘毛の基部に黒い塊ができる。         (標高 4910m)
昨年、峠の反対(北)斜面で見たM・ルディス。

(標高 4890m)
ガレ場を100mほど下るとパッチ状の草地が現れる。その草地にしがみつくように咲いていたのは…

メコノプシス・ ランキフォリア subsp.エキシミア
Meconopsis lancifolia subsp. eximia Grey-Wilson
昨年、馬耳山で観察したランキフォリアの亜種。花は大きく、花弁も多い。この後、大雪山でも見る。
     (標高 4800m)
 
 チベットにはM・ランキフォリアに近い種はないとされる。

更に100m下り、池のほとりまで来る。赤みがかった花崗岩の間に・・・
  メコノプシス・スペキオサ
 Meconopsis speciosa
Prain

花弁の色が最も空の色に近いスカイブルー。茎の途中から何本も花茎が出て、花をつける。
葉は肉厚で、羽状に深く切れ込み、その上に鋭く黒い棘毛が生える。草食動物から食害を避けるとともに、霧から水滴を得る効用がある。
(クリックで拡大)
(標高 4720m)
この亜種がチベットにあり、後に観察した。チベットの項で比較検討。
 
 普金浪巴の下の方(谷の入口)は草地で、牛が放牧されている。その中に黄色い花をつけた青いケシが点々と咲いていた。
  メコノプシス・スルフレア 
  Meconopsis surphrea
Grey-Wilson

本種と四川省や青海省でよく見られるM・インテグリフォリアとの違いは、
蒴果のとき、インテグリフォリアの柱頭は板状になるのに対して、本種は円柱状である。
柱頭が長いのは何のためだろうか?花粉に精子間競争をさせて優良なものを選り分けるためか、それとも他種の受粉を妨げるためか?

(柱頭)
インテグリフォリア スルフレア
           

 (標高 4410m)
M・スルフレアは、雲南省北西部の三江併流~金沙江(揚子江上流部)・メコン川・イラワジ川~に分布する。この地域に含まれる老君山(麗江市)や碧古天池(香格里拉市)でこれまで見たし、翌日訪ねた孔雀山峠にもあった。
そして、チベットのセチ・ラやテモ・ラでも同種がある。(両者の比較はチベットの項で述べる)
 
孔雀山峠(コンチュエシャン)
澜沧江(メコン川上流)と怒江(イラワジ川)を分ける高黎贡山山脈を越える峠。冬季は雪に閉ざされていたが、現在はトンネルができて通行できるようになった。このため、峠道は廃道となり、土砂崩れや落石が頻繁に発生し、そのまま放置されている。近い将来、峠道は通行不可能になるだろう。
徳欽県からメコン川に下り、川に沿って走る。メコン川は谷を深く穿ち、大きく蛇行する。チベット高原からの土砂を含んだ水は赤茶色く濁っていた。
 
メコノプシス・インペディタ Meconopsis imepedita Prain
     (いずれも 標高 3930m)
小型の青いケシで高さは15~20cmほど。花の色は青色~青紫色~赤紫色と変化する。
チベットにも同種が分布する。(チベットの項で比較)
  メコノプシス・ルディス
  Meconopsis rudis Prain

天宝山のルディスに比べて、葉の幅はやや広く、また、棘の基部黒点は黒いものの、サイズは小さい。

     (標高 3900m)
 

この峠ではM・コンプタを観察できるかと期待したが、残念ながら出会えなかった。その代わり2種のユリ科の花を見つけた。
フリテラリア・キロ―サ
Fritillaria cirrhosa D.Don

中国に限らずヒマラヤ周辺に広く分布するバイモ属。根は漢方薬の材料となり、高価で取引されるため、多くの人が山に入って採集する。
撮影後、ガイドが根を掘り出して口に入れる。バイモは酸っぱいといってすぐ吐き出したが、ユリの方はむしゃむしゃと食べてしまった。
薬用と食用の違いが明らかになった。

 (共に標高 3930m)
 リリウム・ソウリエイ
Lilium souliei (Franch.) Sealy
こちらはユリ属。以前はバイモ属とされていた。
下山の途中、中国人の花観察隊の一行にであう。中国人も野生の花に関心を寄せられるほど生活が豊になったということであるが、半面、かつての日本の山野草ブームを思うと、希少種の行く末を案じざるを得ない。  
 

白馬雪山(バイマシュエシャン)峠
金沙江(揚子江上流)と澜沧江(メコン川上流)を分ける横断山脈の主要な峠。かつては雲南の茶が馬の背に積まれてこの峠を越え、遥かチベットまで運ばれていた。今では道路も舗装され、香格里拉から2時間程度で到達できる。峠からは雄大な白馬雪山の姿を眺めることができる。
現在、峠の下を貫通するトンネル工事が行われている。近い将来、この峠道も廃されるかもしれない。
徳欽から巴拉格宗に向かう。途中、白馬雪山峠から金沙江に降りるため旧道に入る。ドライバーが車を停めると・・・
  メコノプシス・プラッティ
 Meconopsis prattii Prain

高さ35cm、葉は細長く、基部に集中。剛毛に富むが、黒点はない。基部葉は葉柄が赤みを帯びる。
  (標高4260m)
昨年、四川省の徳格海子山で見たM・プラッティ。
巴拉格宗(バラゲゾン)
雲南省と四川省の省境の位置する。かつて四川省に住んでいた村人が圧政・重税を逃れて、標高4000mを超す山岳を越えてこの地に移ってきたという。深い谷奥のため、雲南の人々は近年までその存在を知らなかった。杜子春の桃源郷か、平家の落人部落のようである。この山の峰の一つが仏舎利塔(スト―パ)に似ていることから自然の仏塔(香巴拉仏塔)として観光開発され、多くの人々が訪れている。
山は全体が石灰岩でできており、天宝山や住古山とよく似た植生である。
 
メコノプシス・プセウドヴェヌスタ
Meconopsis pseudovenusta G.Taylor

天宝山でみたM・ヴェヌスタに近い種だが、蒴果の形が楕円形である。

以前、香格里拉の石卡雪山でも見た。
(2015年撮影)
 
(標高 4270m)
  メコノプシス・ルディス
  Meconopsis rudis Prain

天宝山や孔雀山峠のルディスに比べて、葉の幅はやや狭いが、棘の基部の黒点はより黒くはっきりとする。


     (標高 4180m) 
  幼生
 
一面小石だらけで水持ちの悪い斜面だが、所々に小さな草地があり、わずかな草と共にラン科の花がコロニーを作って咲いている。
 キプリペディウム・ユンナネンセ
 Cypripedium yunnanense Franch

日本のホテイランによく似ている。
右下のピンクの花はウチョウランの仲間(下の写真)。

    (標高 4250m) 
 
 ポネロルキス・クスア
 Ponerorchis chusua (D.Don) Soó

ウチョウラン(羽蝶蘭)の仲間で、中国全土やヒマラヤの山地に広く自生する。
     (標高 4230m) 
 
     ポネロルキス・クレヌラータ
   Ponerorchis crenulata Soó

雲南省の固有種で分布は狭い。
  (標高 4270m) 
 
大雪山(ダーシュエシャン)
香格里拉の北東にそびえる山塊。最高地点は4980mで、雲南省と四川省を分ける。
昨年、四川省の稲城亜丁からこの山の峠を目指して登ったが、途中、大石の落石で道を塞がれ、香格里拉に抜けることはできなかった。今年は香格里拉側から挑戦した。
この峠道はかつては四川省へ通じる数少ない道の一つであったが、現在ではトンネルが開通したため交通量はほとんどない。
メコノプシス・ ランキフォリア
subsp.エキシミア
Meconopsis lancifolia subsp. eximia Grey-Wilson

普金浪巴で見た種と同種であるが、花弁の数が4~5枚と少ない。また、茎も細いようだ。

峠の北側 (標高 4640m)

     峠の南側 (標高 4490m)
 
雲南省にはインテグリフォリア列の黄花の青いケシがもう一種ある。

 メコノプシス・リジャンゲンシス
 Meconopsis lijiangensis Grey-Wilson

スルフレアは皿型に花が開くが、本種は半円球に披く。蒴果も楕円形で柱頭から稜が突き出ていて、四川省で多く見られるM・インテグリフォリアに近い。
(標高4480m)
 
 メコノプシス・ルディス
  Meconopsis rudis Prain

天宝山や孔雀山峠のルディスに比べて、ここのM・ルディスの棘の基部が最も黒かった。
青空のもとで撮ると青さが映える。
     (標高 4610m)  

右の道を下ると昨年の通行止め地点(三角岩の下)に達する。
今回は4か所でM・ルディスを観察したが、以前に住古山や石卡(シーカ)雪山で見たルディスより、葉が幅が狭く、棘基部の黒点も小さいかはっきりしていない。天宝山のルディスに至ってはM・ゾンディアネンシスやM・プラッティに近いようにも思える。
住古山


   石卡雪山

(共に2015年に撮影)
M・スペキオサやM・アトロビノーサ、M・バランゲンシスなども基部が黒くなる。

そもそも棘の基部の黒点は何だろうか?
紫外線から葉を守るためのメラニンだという説もあるが、植物はメラニンを生成しないので、この説はいただけない。
M・ルディスの変化の大きさや種境界の曖昧さはどこから来たものだろうか?
分布を見ると、青海省やチベットに広く分布するM・ホリデュラはその南縁の四川省や甘粛省でM・ラケモサと生息域が重なり、そしてラケモサはその南でM・プラッティの分布域と接する。更に、プラッティは四川省・雲南省の境でM・ルディスと接し、ゾンディアネンシスはルディスの分布範囲内で点在する。(下の概念図を参照)
棘毛や基部の黒点、花茎の構造など形態上の変化は、種が北上したり、または南下したりしたことで生じたのだろうか?気温差を克服するための進化とは思えない。太古、単一の種であったものが、5000万年前インド亜大陸がアジア大陸に衝突したことにより、チベット高原や横断山脈が隆起したことで隔離され、寒冷(高度)化や乾燥化によって異なる形態になっていったものだろう。そしてこの隔離により生殖的隔離が完成していれば異なる種となる。しかし、交配が可能で、生殖能力のある子孫を作れるのであれば同種となるだろう。最近の遺伝子分析や育苗の成果はその可能性が高いことを暗示している。
(クリックで拡大)

ここで雲南の旅を終え、チベットへ向かう。
香格里拉から林芝まで、かつての茶馬古道を陸路で踏破したかったのだが、約850kmを行くのに5日かかり、目的の花の花期を逸する可能性があったからだ。そのため成都経由の空路で東チベット・米林に入った。
 
西蔵(チベット)自治区
魯朗(ルーラン)
チベットの最南東部に位置し、東の尾根を越えるとヤルンツァンポ大彎曲部までわずか20kmである。夏、ベンガル湾の湿った空気がプラマプトラ河を遡り、大彎曲部にそびえるナムチャバルワやギャラ・ペリにぶつかると大量の雨を降らす。このため、一帯は豊かな森林地帯となり、緑に覆われる。この緑を求めてチベット全土は及ばす森林の少ない青海省や甘粛省からも観光客が押し寄せている。かつてバイカモが咲いていた小川は埋められホテル群が林立していた。
 急いだのはこの花を見たかったからだ。
  メコノプシス・フロンダエ
  Meconopsis florindae Kingdon-Ward
 
高さ25cm、花は6弁で直径は2cm。淡黄色。湿った林床で群落を作る。咲き始めたばかりで、2輪開花していた。森の妖精のようだ。
ちょうど100年前の1924年8月、英国人プラントハンター、キングドン・ウォードはナムチャバルワの北、トラ・ラ(Tra la)でこの花を採集した。しかし、その後この花を見たものはおらず、写真もないため、サンプルしかない「幻の花」であった。
2021年6月末、劉渝宏氏がこの花の自生地を見つける。今回はその情報を基に探した。自生地近くに拉薩と成都を結ぶ高速鉄道の工事が行われていて、地下水脈が変わるとこの花にも影響が出るかもしれない。       (標高 3710m)
花の名は、この探索行の前年4月に結婚した妻、フロリンダから採られた。彼女は裕福な家の出で、キングドン・ウォードを資金援助していた。この献名は新妻に捧げたものか、それとも資金提供への見返りか。彼のスポンサーでこの旅行に同行したコーダー卿に献名したサクラソウ(Primula cawdoriana Kingdon-Ward)がある事から見ると、どうも後者のようだ。ちなみに、妻の名を冠したサクラソウ(Primula florindae Kingdon-Ward)もある。florid(華やか)の名にふさわしく、良い香りのするサクラソウである。二人の間には2女が生まれ、長女にはランの一種の名であるプレイオネと名付けている。しかし、14年後二人は離婚する。
プリムラ・フロリンダエ
Primula florindae Kingdon-Ward

高さは40cmに達する。
奥の白いサクラソウはP・シッキメンシス。香りはない。

(東巴才村 標高 3500m)
2019年撮影。
プリムラ・カウドリアナ
Primula cawdoriana Kingdon-Ward

丈は15cmほど。花弁の縁が深く切れ込んでいる。湿った岩壁を好む。

(テモ・ラ  標高 4470m)

青いケシは生育地として陽光をいっぱい受ける草地や岩礫地を好む種が圧倒的に多い。フロリンダエのように林床や林縁などあまり陽の差さない場所を住処に選ぶ種は少ない。そうした場所で自生する仲間にM・ムスキコラやM・シヌアータがいる。
メコノプシス・ムスキコラ
Meconopsis muscicola
Tosh.Yoshida, H.Sun & Boufford

ムスキとは苔のこと。流れの傍の苔の生える場所で育つことからこの名が付いた。本種は日本人の自然愛好家が最初に見つけた。

雲南省麗江市老君山
(標高 3910m)
2015年撮影
メコノプシス・シヌアータ
Meconopsis sinuata Prain

種小名のsinuataは「波打つ」の意味で、葉の縁が波打っていることを指す。左のムスキコラも同様に波打っていて同系列であることが分かる。

ブータン中部ブムタン県
スノーマントレック
(標高 3910m)
2016年撮影
 
チベット東部での探検旅行の成功は、2つの点でキングドン・ウォードを国民的有名人にした。一つは、旅行のドキュメンタリーである「ツァンポ峡谷の謎(The riddle of the Tsuampo Gorges)」の出版で、それまで謎とされていたプラマプトラ河の大彎曲部を解明、紹介した。この著書により旅行作家としての位置を築き、以後も探検の紀行文を出版することで財政的基盤を確保できるようになった。もう一つは、青いケシの英国庭園への導入である。彼がこの地を訪ねる11年前(1913年)、英国インド軍の将校FMベイリーがここで青いケシを1輪摘んでノートに挟んだ。その押し花を見た植物学者プレイン(Prain)はこれを新種の青いケシ、メコノプシス・バイレイとした。キングドン・ウォードはこのタネを大量に採集して、本国の種苗商に送ったところ、英国の気候とも合ってよく発芽し、瞬く間に英国の庭園に導入され、園芸界の寵児となった。
その後、この花は雲南省にあるメコノプシス・ベトニキフォリアと同種だとみなされ、命名先取のルールにより、ベトニキフォリアとなるが、2014年、グレイ・ウィルソンが別種と判定し、再びメコノプシス・バイレイに戻ったという経緯を持つ。
キングドン・ウォードが採集した場所はセチ・ラの下に伸びるロン・チュー谷(東巴才村)であったが、M・フロリンダエが咲く谷でも多くの群落を見た。
メコノプシス・バイレイ
Meconopsis baileyi Prain

本種は川のほとりや湿った林床などを好む。


 (標高 3800m)


スレンダーな4姉妹
メコノプシス・ベトニキフォリア
Meconopsis betonicifolia Franch.
蒴果がやや細長い以外、外観の違いほとんどない。違いは根にあり、ベトニキフォリアは匍匐根である。

(麗江市老君山で2015年に撮影 標高 3990m)
両種はグランディス列に属していて、近縁種にネパール東部のM・グランディス、ブータン中北部のシェルフィ、ブータン東部のガキディアナがある。この仲間の特徴は、茎の中ほどからも葉(茎生葉)が出て、その葉腋から花茎が出る。
私にはバイレイ、ベトニキフォリアの両種と他の3種は別系列であってもよいように思える。DNA分析が待たれる。 
メコノプシス・グランディス
Meconopsis grandis Prain
メコノプシス・シェルフィ
Meconopsis sherriffii G.Taylor
メコノプシス・ガキィディアナ
Meconopsis gakyidiana Tosh.Yoshida, Yangzom & D.G.Long
ネパール・トプケゴーラ
ブータン・メンチュガン
   インド・アルナーチャルプラディッシュ
 
色季拉(セチ・ラ)/テモ・ラ
林芝の市街地から国道318号線(川蔵南路)を東へ約30Km行った最初の峠で、最高標高点は4570m。交通の要衝となっている。また、インドとの国境(マクマホンライン)まで33kmと近いため、レーダー基地が設置されている。最近、峠の上の展望台にもレーダーが増設され、立ち入りが制限された。
一方、テモ・ラはセチ・ラからロンチュー谷を挟んで15km東北に位置し、眼下にヤルンツァンポ河、そして見上げればナムチャバルワ峰が望める峠。標高はセチ・ラと同じ4500m。
(峰上のレーダー)
以前は大型トラックが休憩のため停車していたセチ・ラであったが、今日では自家用車やバスで大勢の観光客が押し寄せてきている。それを目当てに客を呼び込むアトラクションで大音量のロック音楽が流れたり、乗馬が行われたりしていて観光地化している。するとどうなるかは自明のことで、花は手折られて、写真を撮った後、ポィ、ということになる。
   (捨てられていたM・プライニアナ)
峠の上の丘は絶好のナムチャバルワ展望台であったが、ここにも新たにレーダー基地が設置され、軍事区域となり立ち入り禁止となっていた。ここにはM・スペキオサ、M・プライニアナ、M・インペディタやレウム・ノビレ(セイタカダイオウ)などが咲いていたのだが、もう観察できなくなった。このため、新たにセチ・ラの北、7kmにある峠で花を探した。
100年前、キングドン・ウォードはこの一帯で採集を行い、多くのシャクナゲ類のほか、青いケシを多数採集している。この地域(上記地図の中)でこれまで7種の青いケシを見た。
  メコノプシス・スルフレア 
  Meconopsis surphrea
Grey-Wilson 

雲南省の普金浪巴と孔雀山峠で見たのと同じ名の付く花であるが、詳しく観察すると少し違っている。
  雲南省   チベット
高さ  80cm以上 80cm以下 
生育地 林間や草地  岩礫地
蒴果の形 長円形  楕円形
蒴果の毛  少ない  多い 
 茎生葉 多い  少ない 
 葉の剛毛 少ない  多い 

(セチ・ラ 標高4590m)
 t/
こうした違いは、雨の多い雲南と乾燥したチベットの気象の差から来ていのではないかと思う。

これまでに雲南省各地で見たM・スルフレアの花とその蒴果を下に掲載したので比較していただきたい(普金浪巴のスルフレアは上に戻って見てください)。
孔雀山峠 老君山(麗江市) 碧古天池(香格里拉市)  
 
       
若い娘と同じように、花の時は「いずれアヤメかカキツバタ」で区別がつけにくいが、いったん身ごもるとお里が知れることになる。では、セチ・ラの”スルフレア”のお里はどこだろう。
2017年に拉薩の東の甘丹寺からヤルンツァンポ河畔の桑耶寺(サムウェースー)までトレッキングした(途中、降雪で中止)。コースの核心部チドゥ・ラ(標高5230m)の手前で見た黄色いメコノプシスがセチ・ラのとよく似ていた。故吉田外司夫氏もこの場所で撮影している。セチ・ラからは西に約300km離れているが、ヤルンツァンポ河が両地点をつないでいて、同じ流域になる。
メコノプシス・スルフレアsubsp.グラキリフォリア
Meconopsis sulphurea subsp. gracilifolia Grey-Wilson

(チドゥ・ラの北西 標高5060m)

正確な判定にはDNA分析の結果を待たなければならないが、素人目に見ても、セチ・ラの"スルフレア"は亜種グラキリフォリアに近いように思える。
セチ・ラとロンチュー谷を挟んだ東の尾根、テモ・ラにもよく似たメコノプシスがあった。
芥子粒のような小さい種が風に乗って運ばれてきた(もしくは反対にここからセチ・ラへ飛んで行った)と考えられる。
     (標高 4500m)

雲南省の普金浪巴で見たM・スペキオサは茎から花茎が出る総状花序であったが、セチ・ラのそれは根から花茎が出る一茎一花(スカポーズ)である。また、葉の棘毛もソフトで、基部に黒点がない。このため、分類上は亜種となっている。

メコノプシス・スペキオサ
subsp.カウドリアナ
Meconopsis speciosa subsp. cawdoriana
(Kingdon-Ward) Grey-Wilson

セチ・ラが立入禁止なったおかげで別の自生地を探す羽目となった。しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、セチ・ラの北7kmにある新しい自生地で見事なスペキオサを観察できた。
この株は蕾も含めると10本の花茎が出ていて、その内、8本に花をつけていた。
草丈は40cmとセチ・ラで見たものより大きい。
(セチ・ラの北の峠 標高4550m)
 以前セチ・ラで見た亜種のカウドリアナ
   
本種は100年前の1924年、イギリス人プラントハンター、キングドン・ウォードがセチ・ラで採集し、命名した。彼がつけた亜種名のカウドリアナは、ウォードのパトロンでチベット探索に同行したコーダー卿に献名されたものである。
      (2019年にセチ・ラで撮影)

テモ・ラでもM・スペキオサを見る。
セチ・ラで見たM・スペキオサと異なり、花付きは総状花序に見える。しかし、茎から出ているように見える花茎も、よく見ると基部近くまで縦筋が入り、花茎が合着したように見える。
合着部をナイフで切ってみた。すると根元までスッとナイフが入った。 もともと茎は分離していたのであろう。であれば、一茎一花。セチ・ラの花と同種のカウドリアナだ。
茎が合着する理由はわからないが、強風により擦れた部分がくっついた可能性がある。
  (標高 4520m)
(拡大)   ナイフで合着部を切る。

花茎の維管束は茎の維管束とはつながっておらず、基部まで伸びていた(クリックで拡大)。
今回、雲南省のスペキオサ(基準亜種)の花茎構造を調べなかったが、もしテモ・ラのスペキオサと同じように、茎の維管束との接合が見られなければ、花茎は合着していることになり、基準種と亜種(カウドリアナ)の差異は生育環境の差に起因するだけのわずかなものになる。そうなると果たして別(亜)種と言えるのだろうか。
こうした現象はM・ホリデュラとM・ラケモサの間でも見られる。これまで別種と見られていたものが同種に再定義される可能性もある。

スペキオサに近い種はネパールやブータンにはなく、2000km以上西にあるインド・ヒマチャールプラディッシュやラダクに咲くM・アクレアータであるが、葉の形は異なっているし、特徴である葉の黒点もないので、DNA分析をすると別系列となるかもしれない。
    メコノプシス・アクレアータ
Meconopsis aculeata Royle

インド・ヒマチャールプラディッシュ
サッチ峠の南 (標高 3080m) 

パンギー谷バートリー(標高3430m)
   (2014年に撮影)
   
 
 
雲南の孔雀山峠で見たメコノプシスがセチ・ラにもある。
メコノプシス・インペディタ Meconopsis imepedita Prain 
 セチ・ラ北 (標高 4590m)  セチ・ラ北 (標高 4570m)  セチ・ラ (標高 4640m)2019年撮影
  
どちらも青みがかった紫色と赤みがかった紫色の花弁を持ち、下向きに花をつける。チベットのインペディタの蕾の外皮に濃いエンジ色の斑紋がでるが、茎丈や葉の形状も同じで同種とみてよいだろう。しかし、テモ・ラでは見なかった。
本種はM・プリムリナに近い種で、仲間には雲南麗江市の住古山のM・コンキンナやブータン東部のM・ルドローィや西部チョモラーリトレックのM・プリムリナがある。いずれも高さ15cmの一茎一花である。
 メコノプシス・コンキンナ
Meconopsis concinna Prain
   メコノプシス・ルドローィ
Meconopsis ludlowii Grey-Wilson
   メコノプシス・プリムリナ
Meconopsis primulina Prain
 
丈は15cmほどで4弁。

雲南省麗江市
住古山

(標高 4140m)

(2015年撮影)
   
インド
アルナーチャル
プラディッシュ
セ・ラ峠の西

(標高4320m)

(2015年撮影)
    ブータン西部
チョモラーリ
ツォープー

(標高4410m)

(20165年撮影)
   
 
  メコノプシス・プライニアナ
Meconopsis prainiana Kingdon-Ward


丈は50cm~80cm。葉の形は全縁で、硬い棘毛が密生し、基部に集中する。 花は総状花序につき、花弁はライトブルー、葯の色は卵黄色。
テモ・ラでは観察されなかった。

(標高4600m)
 雲南省の香格里拉市周辺で見たM・ゾンディアネンシスやM・プラッティと似ていて、関連性(分類上はラケモサ列に属する)をうかがわせる。
また、2015年にインド・アルナーチャルプラディッシュのセ・ラ峠で見たM・メラケンシスの変種アルボルテアは以前、プライニアナvar.ルテアと称されていてその類似性は早くから知られていた。 
     (標高4230m)
メコノプシス・メラケンシスvar. アルボルテア
Meconopsis merakensis var. albolutea Tosh.Yoshida, Yangzom & D.G.Long
M・メラケンシスはこの後、林芝の西部で見ることができた。
ブータンからヒマラヤ南縁を伝い、セチ・ラを経由して雲南に至る青いケシの道があるように思える。
これまでセチ・ラの青いケシととその東に位置する雲南の青いケシを比較してきたが、セチ・ラが分布の東端となる青いケシがある。そしてこの花は大いに議論を呼んでいる。
メコノプシス・ニンチエンシス
Meconopsis nyingchiensis L.H.Zhou
または
メコノプシス・シンプリキフォリアに似た植物
Meconopsis aff. simpllcifolia

なんとも歯切れの悪い名である。
それは・・・1972年に西蔵中薬探検隊によって採集され、採集地の林芝地区(チベット語でニェンチ)から命名されたのだが、線画(右図)は残ったものの標本が逸失してしまい、検証できなくなってしまったからだ。
セチ・ラから西へ6kmほど行った伐採地の斜面に咲く花がその線画と合致している。
明らかにM・シンプリキフォリアの系列に属し、亜種のグランドフローラとよく似ている。
     (標高 4130m)

線画(クリックで拡大)
またセチ・ラの周囲では岩礫地斜面で見られる。開花は6月下旬に始まり、他の青いケシより早い。

(いずれも2017年に撮影)

柱頭 
線画に近い。

このほか、今回、テモ・ラやセチ・ラ北でも確認した。
(標高 4600m)

シンプリキフォリアsubsp.グランディフローラ(Meconopsis simplicifolia subsp. grandiflora Grey-Wilson)はブータンのニュレ・ラやインド・アルナーチャルプラディッシュのセ・ラ峠、チベット・ネパール国境のシャオ・ラで見たことがある。
     
 ニュレ・ラ(標高 4690m)  セ・ラ峠(標高 4340m)   シャオ・ラ(標高 4180m)
この他、チベットの山南地区や日喀则(シガツェ)地区でも生育が確認されており、それらを加えて地図にプロットすると…ヒマラヤ南縁に沿って弧状に分布していることが分かる。
形態や分布から見て、セチ・ラの種はシンプリキフォリアsubsp.グランディフローラといえそうだ。しかし、M・スルフレアなど近い種との交雑も考えられるので、結論はDNA分析や交配テストの結果を待たなければならないが、独立種にはならないだろう。
なお、基準亜種であるM・シンプリキフォリアsubsp.シンプリキフォリアはブータン西部から中部に分布するが、グランディフローラとの境は曖昧だ。
 
朗県(ランシェン)/打拉錯(ダラツォ)
林芝からヤルンツァンポ河に沿ってを遡る。飛行場のある米林を過ぎてしばらく走ると、それまで緑で覆われていた両岸の山肌から木々が消え、むき出しの土に変わる。ベンガル湾で発生した湿気はプラマプトラ河を遡り、大彎曲部を通過する際、ナムチャバルワなど高峰にぶつかって雨となる。そして乾いた空気はフェーン現象を引き起こし、ヤルンツァンポ河畔を砂漠さながらの乾燥地帯に変える。
朗県は拉薩と林芝の中間に位置し、高速鉄道の駅もできている。駅を中心に新しい市街地が造成されていた。

  (朗県のヤルンツァンポ河) 
朗県の県都からヤルンツァンポ河を離れ、南の谷へ入る。打拉錯川に沿った道は増幅工事中で最終的にはインド・シッキム国境まで達しするという。交易路になるのか、軍事道路になるのかはその時の中印関係によるだろう。いずれであっても検問所が設置されるとこれまでのように自由な通行は難しくなるとガイドは嘆く。朗県南部までは外国人の立ち入りは可能だが、M・アルゲモナンタの自生地のあるその先の降子県は外国人の入域が許されていない。2時間ほどのドライブで国家級自然保護区の打拉錯に着き、県境の峠を目指す。M・スペキオサに似た花があるとガイドはいう。
打拉錯
湖が3つ連なっている。奥のピラミッド形の山の向こうが県境。
メコノプシス・メラケンシス
Meconopsis merakensis Tosh.Yoshida, Yangzom & D.G.Long

本種は青いケシ研究会が2014年ブータン東部のメラ地方の調査で発見し、後に吉田外司夫氏が新種としたものである。
中国語では玉麦绿绒蒿(ユーマイリュウロンハオ)という。この植物が中国で最初に採集たのが、この峠から11km南にある隆子県玉麦郷だからであるが、メラ地方とは250km離れているので、分布域は広いと思われる。
 
花の色・形はM・スペキオサに似たところもあるが、葉の形は異なるし、肝心の鋭い棘毛と黒点がない。
以前は道路を際にたくさん咲ていたというが、道路の拡張工事で一掃されていた。
   (標高 4670m)
       
花の色を除けば、前述のM・プライニアナと見分けは難しい。また、変種のアルボルテアはM・プライニアナの変種ルテアとされていた。DNA分析をすれば、案外、メラケンシスとプライニアナは同種に再定義されるかもしれない。
なお、ブータン西部、ハ地方にはこの種に近いM・エロンガタがある。シンプリキフォリアと同様、この系列の青いケシも、姿かたちを変えながらヒマラヤ南縁を辿り、セチ・ラに到着し、そして雲南まで(またはその反対に東から西へ)分布を広げたのかもしれない。
ブータン西部ハ地方

 
メコノプシス・エロンガタ
Meconopsis elongata
Tosh.Yoshida, Yangzom & D.G.Long

本種の特徴は雄しべの花糸の先端部が白い糸状になる。

(2016年撮影 標高 4300m)
 
 エロンガタとホリデュラの交雑種か

エロンガタの近くで咲いていた。こちらの花糸には白い部分がない。
以上、雲南省とチベット東部(林芝地区)で見た青いケシを分類学的に比較すると以下の一覧表のようになる。
 分類(節)  分類(列)  雲南省   チベット東部 ブータン・ネパール 
ポリカエティア節 ポリカエティア列 ウィルソニー   パニクラータ
ワリッキー
スタイントニー  他
アクレアータ節 アクレアータ列 スペキオサ スペキオサ(カウドリアナ) アクレアータ (インド西部)
ベラ節  プリムリナ列 インペディタ
コンキンナ
インペディタ  プリムリナ
ルドロウィー 
ベラ節 ベラ列 ヴェヌスタ
プセウドヴェヌスタ
  ベラ
ラケモサ節 ラケモサ列 ルディス
ゾンディアネンシス
アトロビノーサ
プラッティ
プライニアナ
メラケンシス
メラケンシス
エロンガタ
ホリデュラ
フォレスティ節 フォレスティ列 ランキフォリア    
クンミンシア節  クンミンシア列  ウムンゲンシス   ポリゴノイデス
クンミンシア節 シヌアータ列 ムスキコラ フロリンダエ  シヌアータ
グランディス節 インテグリフォリア列  ユニフローラ
スルフレア
プセウドインテグリフォリア
スルフレア
 
グランディス節 グランディス列  ベトニキフォリア  バイレイ グランディス
ガキディアナ 
グランディス節  シンプリキフォリア列 ニンチエンシス  シンプリキフォリア
(注:吉田外司夫氏の分類法を使用。なお、ポリカエティア節はメコノプシス亜属、グランディス節はグランディス亜属、その他の節はクンミンシア亜属に分類されている)
 
上記の一覧表から以下の分布パターンがあることが分かる。
1.雲南からヒマラヤ南縁まで広く分布する-アクレアータ列、プリムリナ列、ラケモサ列、シヌアータ列、グランディス列 
2.雲南とヒマラヤ南縁に分布するが、チベット東部にない(隔離分布)-ポリカエティア列、ベラ列、クンミンシア列 
3.雲南とチベット東部に分布するがヒマラヤ南縁にない-インテグリフォリア列 
4.チベット東部とヒマラヤ南縁に分布するが雲南にない-シンプリキフォリア列
5.雲南にのみ分布する-フォレスティ列、(デラヴァイー節)
6.ヒマラヤ南縁にのみ分布する-(上記にはないが)メコノプシス亜属、ロブスタ節、ディスコギネ亜属など
(この他、四川省や甘粛省など雲南の北部に分布する種がある)
これらのメコノプシスは下図の青線の範囲内に分布する。そして、ヒマラヤや横断山脈の主稜線を挟んでいる。
私にはメコノプシスの分布について論ずる力は持たないが、以下のプロセスで分布が進んだのではないかと考えている。
1.約5000万年前、ゴンドワナ大陸から切り離されたインド亜大陸がアジア大陸南縁に衝突して、ヒマラヤ山脈やチベット高原が隆起。
2.インド亜大陸は衝突後、時計回りに回転し、その影響でヒマラヤの東が褶曲して横断山脈となる。
3.浅い海だったテチス海が縮小、隆起して石灰岩基盤の陸地になる。
4.赤道付近に高山帯ができたことで、気象が攪乱され、山脈の南は高温多湿、北は寒冷乾燥のモンスーン気候に変わる。
5.温暖で比較的乾燥したテチス海沿岸部で育っていたメコノプシスの祖先は高温多湿を避け、乾燥帯のある高山へ移動する。
6.約3500万年前から始まった氷河期にメコノプシスの祖先は谷へ下る。高山の北斜面や氷床に覆われた高原では絶滅する。
7.深い谷に下った種は、近縁種との交配ができなくなり独自進化(固有種化)が始まる。
8.間氷期の開始と共に再び高山帯に戻るが、異種化したため交雑が難しくなった。また、山脈に沿って東進・西進し、分布を広げた。

チベット東部、林芝地区はヒマラヤ主稜線の東端であり、横断山脈への結節点である。またモンスーンの湿気をチベット高原に送る送風口でもある。このため植物地理上の要衝となっていて、豊な植生を見ることができる。雲南からネパールに続く青いケシ回廊の重要な拠点でもあるが、外国人に開放されていない地域もあり研究が進んでいない。今後もこの地域に密着し、青いケシ回廊の全体像を解明したいと考えている。

最後までご覧いただきありがとうございました。

★報告とお礼:能登半島地震 チャリティ ご協力のお礼

元旦に起きた能登半島大地震の被災者支援チャリティとして、これまで写真展で展示した作品購入を案内しましたところ、6名の方から75,000円のご寄付をいただきました。
また、5月に能「高砂」を演じましたが(下に詳細があります)、そのビデオを7名の方にご購入いただき、11,000円を寄付していただきました。合計86,000円は以下の支援団体へ寄付いたしました。
寄付先支援団体 寄付金額
セイブザチルドレン 43,000円
ピースボート災害支援センター 33,000円
空飛ぶ捜索医療団 10,000円

厚く御礼申し上げます。

能登半島豪雨災害 追加チャリティ ご協力のお願い
地震から9か月後、その能登半島を今度は豪雨が襲いました。地震で緩んでいた地盤は崩れやすくなっていて、各地で崖崩れが発生し、多くの家が破壊されました。また、河川が溢れ流出した家屋も多くありました。やっと災害応急住宅に入居した被災者も床上浸水でまた避難所暮らしを強いられた方もいます。(10月9日現在 死者14名、負傷者61名、家屋の被害414棟)
復興に向けて立ち上がりかけた矢先の災害、心を折られた被災者も多かったのではないでしょうか。
豪雨の原因は地球温暖化による異常気象によるものと言われていますが、もしそうであれば、温暖化は人間活動に起因する ので、この災害は人災になります。私やあなたが加害者かもしれません。

そこで、豪雨災害も含めた被災者支援のため追加チャリティを行います。
前回同様、写真展に出品した作品(未販売分と今年展示したもの)をチャリティ販売して、その代金を購入者名で寄付します。
(展示作品一覧)
中国のベティちゃん  孤高の貴婦人  霧の谷のモナリザ  圏谷の皇女
天空のプリマドンナ グンサ谷の物見番 崩壊地のマリア 峠の聖母子

サイズ: どれも 65cmx55cmの木製パネル (写真部分:54cm x 40cm
料金 : 1枚につき 10,000円 (+送料2,000円 2枚まで同梱可能)
写真の説明や詳細、およびお申し込みはここをクリックするとサイトへジャンプします。
接続できないようでしたら https://insite-r.co.jp/charity/noto-eq/ をコピーしてブラウザに貼り付けてみてください。

ご賛同、ご協力いただけますよう、お願いいたします。

★ご報告: 能「高砂」を演じました

 5月3日、国立能楽堂で開催された春綱会社中の発表会で能「高砂」のシテを勤めました。これまで能を5番演じてきましたが、初めて神様の曲(初番もの)を披露することができました。
   
演能の映像はここをクリックするか 以下のURLをコピーして、プラウザに張り付けてご覧ください。
https://insite-r.co.jp/Noh/shunkoukai/2024/takasago/takasago.html

動画ビデオのチャリティ販売もしていますので、よろしくご協力ください。

あなたもできます <ロシア軍ウクライナ侵攻> 抗戦と支援

イスラエルによるガザ攻撃、パレスチナ人大量虐殺の影で、報道が霞みつつあるウクライナの戦闘ですが、ロシアは北朝鮮から砲弾支援を受け再び侵攻を強めています。そしてプーチンは「核の使用も辞さない」と言い始めました。今年のノーベル平和賞が日本被爆者団体協議会(被団協)に与えられたことを見ても、世界は核戦争の可能性を懸念していることが分かります。
個人としてできることに限りはありますが、ロシア産原油・ガスの輸入抑止につながるようオフィスでのエネルギー削減に努めました。

9月末現在、削減目標は達成していますが、この夏の猛暑でクーラー使用が増え、電力使用は昨年を上回っています。今後の削減戦はウクライナの戦場と同様、厳しいものがありますが、こまめなスィッチ・オフを続けてゆきます。

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